外国かぶれの気ままな田舎生活

27歳で初めての海外生活を始めて、日本とは異なる気楽な生活のとりこに。そのまま居座り気づけば厄年で身体が崩壊。故郷に戻ったが、かぶれたままでマイペース続行中。

日本ってこんなだったけ。20年近い歳月を経て立ち戻った時、真摯にそう思った。再就職した職場で、会社の電話対応する女子が「お疲れ様です。xxxx」と言っている。(なんだ?それ。そんな挨拶昔は、してなかった。

とまあ、こんな感じで、全てが違和感。

ワタシ?やっとのことで帰ってきたんだけど、ここ日本?か?

2年後ワタシは、中国へ行く準備をしていた。日本の中国地方ではなく、あの中華人民共和国である。

そこで、2年半、日本企業同士の仕事のやり取りを行って徐々に日本人感覚を身に着けて、やっと日本人らしくなってきたと喜んでいたら、会社が経営不振で買収され、ワタシはリストラ。

その頃、義理の母親が認知症を発症したのです。それで仲良く妻と2人で故郷へと帰ってきたのです。

そこからは、就活を頑張ったのでした。

面接の度に、言われるのは、海外長いんですね。の感想のみ。そこから先へは進まず、正社員は断念。

そこからは、ダメもとで非正規に応募して採用。面接してくれた人は部長だったんだけど、ものの5分で面接を終えてワタシに向かって一言。 「いつ、辞めてもけっこうです。」(えっ。 いきなり こんな言い方する?)まったく期待されていないことを確信。あれから11年、非正規で同じ業務を行っています。

もろに手際の悪い日本的な業務監理、まったく標準化されていない業務所掌、ビントのずれたマニュアル等々。自分にとっては、そういうことが当然だったんだけど。

それらを指摘しても、全く噛み合わないやり取りとなり、最後は、こちらが発言を控える。この繰り返しが続いています。

まあ、最近では、発言する際に、自分は若いときに海外で仕事をしていたので、外国かぶれが残っています。それで、個々の業務のやり方に対して、ついつい、どうして、こうしない?なぜ、業務所掌を曖昧にするの?等という感じで、管理職に問い詰めてしまう事がおきるのです。





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ヒロ-シン
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