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高円寺にすら馴染めない

地方出身者にとってはどういうところかわからないが、東京に住んでいる人に高円寺だというと、だいたい好意的な返事をもらえた。少なくとも古着好きかサブカル好きかカレー好きか呑んだくれにとっては、天国みたいな場所だ。

僕はどれにも属さなかったが、高円寺に住むことを決めた。
隣の中野には家賃の高い物件しかなかったのもあるし、商店街のごちゃごちゃした雰囲気がなんとなく大阪に似てたからだ。


住み始めたころは古着屋を巡った。店員が把握できているのか心配になるほど所狭しと鞄やら靴やらが並んでいる店もあれば、アウトドアブランドのみ扱っている店もある。だいたいが値段を見ると中古のわりに高いと思うけど、服好きの友達からすれば「買い」らしかった。

しばらくして古着屋巡りも飽きる。友達が遊びに来れば巡るが、実際に買い物したのはさっきの服好きの友達ぐらいだ。僕も服好きだと思っていたが、髭の生えたおしゃれな店員と服談義ができるほどではなかった。


ひとり暮らしなら馴染みのごはん屋さんが必要だと思い、小さなバーみたいな、ビストロというのだろうか。店員さんと何気ない話をしたり、隣に座ったお客さんとも話したりした。別にひとりで黙々と食べてもいいんだろうが、なにか話さないとダメなのではと思うと、なんだか行くのが億劫になった。そしてごはん代もバカにならない。足が遠のいた。他の細く狭い店もすでに馴染みの客で溢れていて、大衆居酒屋はひとり客を煙たがりそうだ。

夕方になり日が暮れると呑み屋が開店の準備をしだす。どこから現れるのか、わらわらとアルコールを求めて人々が押し寄せる。会社からの帰宅途中、酔っ払いがあちこちにいて騒いでいて、ちょっとこわい。僕は安全な家を求めて足早に帰る。


高円寺に2年弱住んで、僕は居場所を探していたし、馴染もうとしていた。

今年のはじめ、体調不良で実家に戻った。

体調も落ち着いて、ひとり暮らししてた高円寺ライフを振り返ると、なんだかすごく無茶をしていた気がする。背伸びというか、ちょっと格好つけようというか、いいように見られたいというか。高円寺で背伸びしても仕方ないのに。

あと、刺激的で楽しいところではあるけれど、そこが自分にとって快適かというと、また話が違ってくる。住めば都とはいうけれど。

東京にもうあまり住みたくないけど、もし住んでくださいとなったら、やっぱり高円寺を選ぶだろうか。
道端で寝転がる地域猫も、季節の変わり目に街が活気づくお祭りも、奇抜な服や小物を置く謎の店も、東京らしからぬ雰囲気は嫌いではなかった。あと、何度か食べた高架下のカレー屋にもまた行きたい。




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