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パンみみ日記「マスターにデコピンされる常連」
日々のできごとをかき集めました。パン屋に置いてある、パンの耳の袋のように。日常のきれはしを、まとめてどうぞ。5個くらいたまったら店頭に置きます。
2月11日(火)
祝日。去年行ったエジプト・トルコツアーで仲良くなったナゴミさんと、ミネ君(真顔で冗談を言う親友)と3人で神保町でランチ。
ナゴミさんはおひとりでツアーに参加されていた年上の女性。一緒に保安検査のトラブルに巻き込まれたことがきっかけで話し出した。その後もバスで近くの席になることが多く、ツアー中も3人で会話をすることが度々あった。
ナゴミさんは愛知に住んでいるものの、ライブ参戦のために東京へ。せっかくの機会ということで、ぼくたちに会う時間も取ってくれた。
約半年前に異国で時間を過ごしていたのに、こうして神保町でスパゲッティを一緒に食べているのが不思議で仕方ない。
ナゴミさんはツアー中、ぼくとミネ君のことを同性カップルだと思っていたらしい。とんでもない誤解である。あらためて「そんな関係ではない」と弁明した。
「だって、おふたりの話し方、やさしぎるんですもん」
とても嬉しい。しかし、それだけでカップルと思われるとは。というか、思ったとしても本人に伝えてしまえる大胆さ。
ナゴミさんはクスクスと笑っていた。そういう、
ちょっぴり変わった感性をしているから、ツアー中に3人で仲良くなってしまうんだと思った。
ナゴミさんは愛知に住んでいるし、正直、もう会うことはないかもしれない。けれども、「エジプトで出会って東京で再会した」という不思議な事実は、この先もふわふわと心の中に残り続ける気がする。
2月12日(水)
仕事終わり。師匠(恋人)と会う。師匠に「歯医者ってもっと褒めてくれてもいいよね」という話をした。すると、彼女はニヤニヤとしながらこちらを向いた。
「褒めてほしいオーラ出さなきゃ。練習しよ。わたし歯医者やるから」
コント漫才かの如く、「調子いかがですか?」「特に問題はないのですが」と歯医者を想定したやりとりが始まる。
なぜだかその瞬間、(この人とずっと一緒にいたい…)と頭によぎった。我ながら思う。ここなんだ。
2月14日(金)
仕事終わり。テニスサークルへ。メンバーに年下の後輩、ショースケという男の子がいる。彼は割とぼくにタメ口を使う。
大学のサークルにはタメ口を使う後輩はいたけれど。社会人サークルは毎週会うわけではないので、そこまでの距離感にならないことが多い。しかし、ショースケはその壁を越えてくる。
最初は普通に「失礼なやつだな」とあまりいい印象を抱いていなかった。しかし、「よさぽん、よさぽん」とことあるごとに話しかけてくるうちに、「ちょっと愛くるしいじゃないの」という気持ちが芽生えていた。我ながらちょろい。
今日は休憩時間に、ショースケからこう持ちかけられた。
「よさぽん、体力つけるために公園の周り走ろうよ」
彼は一周500mあるランニングロードを指差す。礼節はないが、変なところは真面目なやつだ。思わずニヤけてしまい、ショースケと横並びで駆け出す。この感覚、部活ぶりだ。
ラスト50mほどになったとき、ショースケが声を上げた。
「よさぽん! 最後、競走だから!」
2人で一気にペースを上げる。全力疾走なんて、いつぶりだろう。ほとんど同時に元のコートに戻った頃には、手を膝についてハアハア言っていた。
「うわぁ〜しんどぃ〜」
ショースケが空を見上げながらつぶやいた。
あーあ、余計な体力を使ってしまった。でも次はいつ、ショースケと練習が被るんだろう。そんなことを考えている自分がいる。
2月15日(土)
行きつけの喫茶店へ。マスターがいそいそと席に近づいてきた。
「11日さ、どこいた?」
突然どうしたんだろう。グルグルと頭を巡らせ、友人と神保町にいたことを伝える。
「帰ってくるの、9時くらいじゃなかった?」
夕飯を食べて帰ったから、そのくらいかも。その旨をマスターに伝えると、「まったく」とでも言わんばかりに言葉を続けた。
「マツキヨ前で見たからさ、『お〜い』って声かけたんだよ。それなのに無視してさ」
そうだったのか。マスターに駅前で出くわしていたことに、全く気がつかなかった。オフモードでスタスタと歩いてしまっていたことを謝る。すると、マスターが指をぼくのおでこに近づけた。
ペチンッ。
デコピンされた。「次は無視するなよ〜」とマスターはキッチンへ戻っていく。おでこにほのかな熱が残っている。
常連の定義に、「店員にデコピンされること」が加わった。
【編集後記】
今回はどの日も周りの人を書いている。個性的で楽しい人たちに囲まれている生活だと、つくづく思う。