自堕落・自意識・貧乏上等-『くっすん大黒』町田康(1995年)
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2018年3月10日に町田康さんにお会いした。イベント前の町田さんは無表情でおとなしく、なんだか怖い印象だと思ったが、話しだすとずっと笑わされた。
私は質問カードに人生相談を書いた。「希望が持てず、虚しく、自信がない。どうすればいいでしょうか」と。町田さんは真面目に答えてくれた。意外だった。
「人生はどういうものか。人の人生を見てると楽しそうに見える。いい感じやなと。自分の中で貸借対照表を作るしかない。バランスを。自分だけで考える。他人と(比べて)考えるとどうしても負ける。」
嬉しかった。他の質問にあっさりと一言で答えるものもあったので、なおさら。帰りに列に並び、初めて読んだ町田さんの小説『実録・外道の条件』にサインしてもらった。「大黒っていうんです」と言ったら、私を凝視したまま無表情に「くっすん大黒やね」と言ってくれた。だから読み始めた。
無職で酒浸り、さらに妻にも出て行かれて無一文の“自分”はへらへら顔の大黒の置き物を捨ててこよう、と家を出る。
町田さんのイベント当選が決まってから本屋で冒頭を立ち読みした。1行目を目にした途端、一気に読み進められ、町田康の文体はデビュー作から異才を放っていたことを体感した。
とにかく笑わされる。電車で読んでたんだが、変な人と思われるとわかっていても可笑しくて笑い、口許をおさえた。ゴミが投げ込まれている街中のプランターに大黒様を捨て置こうとして警察に捕まってしまうところとか。
パンクバンドのメンバーだった町田康が、なぜこんな途切れのない妄想を書き連ねられたのか、わからない。バンドの曲もこういうテンションだったのか?
町田さんの小説には無職でかつ働く気もないとか、貧乏とか、『告白』(2005年)の熊太郎のような自意識に苦しんで駄目になってしまう人物が出てくるが、私はそのカッコよくない登場人物を見せてくれることに感謝している。今の私は。社会の下みたいなところにいて、でも生きてる。「河原のアパラ」のうどん屋の給料が「僅々十二万円あまり」という具体的な数字。こうして、自堕落でもへらへらしてても泥臭くても生きている。私生きていけるって思わせてくれる。
「これね、“大国町”が大黒って字になってるんですよ」と該当ページを見せながら用意したことを話したら、町田さんはぐりぐりした大きな目で私をじっと見つめて、これ以上ないほどの真顔で「ほんまやね」と呟いた。
(2018文/修正・転記)