この生を生ききれー『人間』又吉直樹(2019年・文庫加筆版2022年)
(2,221文字)
『火花』が芥川賞をとったとき、わたしはすぐに彼のエッセイ『第2図書室補佐』を買いにいった。前々から狙っていたこの文庫本の帯が「祝・芥川賞!」とだけ書かれたものに替えられる前に。
今年の誕生日にこの本を知ったから、“誕生日にメールが来た”ことから始まる本作に運命を感じた。
読み始めて少しして、全体的にバーのような薄暗い世界を感じる。夢や才能や将来への不安に押し潰されそうな主人公ー或いはわたしの今の心情に呼応してそう感じたのだろう。
学生のときみたいにシャーペンでガリガリと線を引きながら読んだ。たとえばこんな言葉だ。
作中には芸人で、芥川賞を受賞する「影島道生」が登場する。彼の設定はさほど思慮深く読まなくても、又吉自身のそれに思えた。
芥川賞をとってすぐ、又吉が同棲していた恋人と破局したと報道があった。そうなんだくらいにしか思っていなかったが、後に本人が否定していた。なぜそんな勝手なことを週刊誌が書き立てたのか、疑問だった。
“芸人”の又吉が文学賞をとったことで小馬鹿にする連中が出てくることは予想できた。メディアの取り上げ方にもげんなりした。翻訳家で書評家の都甲幸治さんの対談本『きっと、あなたはあの本が好き。』の中で、『火花』について、職業差別について書かれていて、少し溜飲が下がった。
好きだったのは第一章での、主人公・永山と寮の管理人とのやりとりで書かれた永山の思考だった。相手の表情や何を思っているかをつぶさに観察して、自分の反応を決めている。同類を観測できて面白かった。
第三章の永山と影島の会話は、ただ眺めるだけで読み進めてはいけないうつくしさがあった。
目を沿わせているだけでは、重要な一文を見逃してしまうような、ふとこの世を解く言葉が書かれている。
わたしはよく思う、芥川賞を取る前に書いた彼のエッセイで自分のことを「才能がない」と書いた又吉さんに、「あなたは将来、芥川賞を取りますよ」と。
「才能がない」という決めつけは、又吉さんのように、自分自身にとっても正しい判断ができないものなのだと。
途中からひとつの考察をした。永山と影島道生は同一人物ではないかと。或いは影島は又吉直樹ではないかと。わたしがそう考えた根拠はいくつかある。実際の正解はわからないが、幾筋も考えられる作品を書いたことに敬服する。いったい『人間』というタイトルの小説を書ける人がこの世にどれくらいいるだろう。
第四章に丁寧に書かれた人々の生活の機微は、これまでわたしが直視できないために馬鹿にしてきたものだった。とても書ききることのできない人生の連なり、どうしようもなさと愛おしさに胸がつぶされる。
最後が近づくと終わってほしくないと思った。一文字一文字が奇跡みたいに感じられた。名護の風景の壮大さから、視界が旋回して描かれた東京の夜空。この小説について話し合いたい。
目でたどたどしく、最後の一文を追った。
自分の生きづらさ、不要だと思っていた繊細さが、もし物語を理解するのに適しているのなら、わたしはそれを持っていて良かったかもしれない。もしも、その性質があるほうが又吉さんに近いのなら、わたしはそんな自分を肯定できるんじゃないか。もし、もしそうなら、わたしはこのままでいいのかもしれない。苦しく、明朗でもない、ただうつくしくもあるこの生を生ききれ。
購入:11/4
読む:11/5〜11/11
note:11/9、11/11、11/12
TK from凛として時雨「copy light」(2020年)
(又吉さんが歌詞の監修・PVの企画原案・出演している。PV上の文章は又吉さん作のはず。)
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