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あなたには見えない人生の前提-『アンソーシャル ディスタンス』金原ひとみ(2021年)

 (1,639文字)
 同じ作家を何冊か読んでると、その作家が無意識にこの世界をどう見てるかが読み取れるときがある。
「世界をどう見てるか」もだし、
「世界をどんな前提として生きているか」も。

 たとえば江國香織は世界を(人よりも)美しいものように見えているし、小川洋子は(人よりも)さまざまなものの重なりが微細に見えているし、金原ひとみは(人よりも)絶望と恋愛の目で見ている。

「人よりも」ってところがポイントで、全員同じこの世を見ているのだ。

 それは文章を書いていない人にもあると思う。
 この世界を「絶望より」に見てるか、「信じられるもの」として見てるか、「楽しいもの」だと思って生きているか。
 で、何かを見ていて浮かぶイメージや物語が、その人の人生の「前提」だろう。

 私はその「前提」が強いから、妄想するとき引っ張られてしまう。前提というか、この世がどんなものかという思い込みが強い。
 それが否定的なものであればあるほど、その人は生きづらいと推測する。

 前提を疑うのは難しい。
 独裁国家の国民が、自由とは何かを想像できないように。愛情を知らない人が利益以外の理由で自分に近づく人間がいると理解できないように。

 それが「当たり前だ」と思えたときに、人は「そのもの」を享受するのだと思う。
 今あるものが自分にふさわしいと思ってしまったら、人はそれ以上のものは得られない。たぶん。

 私の人生の前提は「孤独」であり、無力感からの「諦念」だ。だから私はいつまでも同じ孤独が降りかかりつづける。私はまだ昔植え付けられた前提のまま生きている。
 あなたの前提は何ですか?

 だから、私は小説を読んだり、人と話すことで私の前提から自由になって、きれいになった目でこの世を見たい。
・・・ということをこの本を読んで考えた。


【本書について】

心を病んだ恋人との生活に耐えきれず、ストロングゼロに頼る女。年下彼氏の若さに当てられ、整形へ走る女。夫からの逃げ道だった、不倫相手に振り回される女。推しのライブ中止で心が折れ、彼氏を心中に誘う女。恋人と会えない孤独な日々で、性欲や激辛欲が荒ぶる女—。絶望に溺れて摑んだものが間違っていたとしても、それは、今を生き抜くための希望だった。女性たちの疾走を描く鮮烈な五編。

『アンソーシャル ディスタンス』新潮文庫裏 あらすじ

 今初めて文庫本の紹介を読んだ。
 私は自分を金原ひとみ信者じゃないかと疑うほど彼女が好きだったし、好きだが、この本を読んでいくと、私の気持ちが皮肉めいていくのに気づかないふりはできなかった。全然盲目的信者じゃなかったことに安心した。

 本屋のポップが漫画のギザギザの吹き出しで「私は、もう、ダメだ!!!」と書いているのを見て硬質な気持ちになった。
 常時もう終わりだと言ってる私からすると登場人物たちはもうダメには思えなかったから・・・なんて、他人の苦しみを軽視して「私の方が」っていう愚かなイタチごっこを思う。

 この小説の登場人物たちが当たり前のように恋愛対象がいること、他人に自分の苦しみを訴えられること、いつも「誰か」がいるために孤独に見えないこと(しかしそれは間違っているのだろう。誰かがいても孤独らしい。私にはわからないけれど)にきつくなった。

 だが2024.1月号の『すばる』のインタビュー記事で、自分と恋愛観のちがう長女から構想を得た作品『腹を空かした勇者ども』について話しており、作者自身に恋愛至上主義(インタビュアー江南亜美子さんの言葉)の自覚があったんだ、と知れたことと、今後恋愛以外の彼女の作品が読めそうで安堵した。 

「私はずっと恋愛をしてきて、男の人と一緒に暮らす、ペアになるのがスタンダードでしたが、娘は、なにそれ、という感じ。恋愛はしたいけど、無理してまではしたくないと。」(インタビュアー江南亜美子)

『すばる』2024.1月号 「デビュー20周年記念インタビュー」P.92

 これからも全作読む。金原ひとみは私の処方箋、私の勇気。大好きだから。



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