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ここから抜けられてよかった-『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子(2022年)

 (1,741文字)
 10/8(火)丸善ジュンク堂書店 池袋本店で、高瀬隼子と金原ひとみのトーク・サイン会に参加する。だから高瀬さんの芥川賞受賞作を読むことにした。


 高瀬さんのことは何も知らない。芥川賞をとったこと、女性ということ、左手に指輪をしていたので、既婚者だろうというくらいだ。作者のことを知らない状態で作品を読みたいと思っていたので、久しぶりに純粋な読書ができた。

「二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」
心をざわつかせる、仕事+食べもの+恋愛小説。
職場でそこそこうまくやっている二谷と、
皆が守りたくなる存在で料理上手な芦川と、
仕事ができてがんばり屋の押尾。
ままならない微妙な人間関係を「食べること」を通して描く傑作。

講談社HPより

 芥川賞をとったとき職場の人間関係の話だと聞いて、今いる自分の立場と照らし合わせて読んでしまうだろうから無理だ、と思った。
 その頃のわたしは、会社から「体調悪いやろ?」と声をかけられ、ほとんど閑職状態になっていた。毎日ヒマで、Excelに「この作家のどの作品を読んだか」タイトルを覚えてるだけ打ち込んで、作品数を数えて時間を潰した。
 この小説で読者から嫌われる存在「芦川さん」と自分が同じじゃないかと思ったのだ。だから読めなかった。

 登場3ページですでにこちらを不穏にさせるキャラクターを書けるのがすごい。「あざとい」「ぶりっこ」といった単語をいっさい使わずに、完璧にその様を書いている作者は慧眼だ。

 職場あるあるが満載で、会社の人間関係に辟易としたことのある、すべての社会人女性はこの会社風景に自分の体験を重ねてイライラするだろう。
 かわいく弱々しいと許される女性社員(ここでいう芦川さん)、それに眉を顰める女性社員(押尾)、噂好きで、長年勤めてるためにやたら権力のあるパート社員、女の策略(天然)にはまったまま、その是非は熟慮せず、自由に振舞える男性社員(たとえば二谷)、その他部長、支店長。狭くて窮屈で窒息しそう。あるあるなのにホラーで、途中でやめられなくなっていた。

 語り手が三人称の二谷と、一人称の押尾に交互に変わり、どちらのページでも「芦川さん」と敬称つきで表記される彼女の本心はどこにも書かれていない。芦川さんは、何が好きなのか、何が大切なのか、どんな信条で生きてるのか、付き合いだした二谷と結婚したいのか、そもそも二谷が好きなのか、まったくわからない。不気味なのに、同時にすごくありふれた、どこのクラスや職場にも必ず一人はいそうな人物だった。

 芦川さんにはしんどくなりそうな仕事をさせないっていうルールがある。明文化されていない、空気を読んだ先にあるルール。それからそっと外れるだけだ。これ、お願いします。そう言って仕事を頼むと、芦川さんは首を小さく傾げて不安そうにしながら「うん」と言う。(略)
 そうやってわたしが悪者側にならないといけないのも腹が立つ。仕事ができない人が、同僚に仕事を任せる人が、どうして被害者のように振る舞えるのか。

『おいしいごはんが食べられますように』P.49

 芦川さんはしょっちゅう体調不良で早退する。早退した次の日は「申し訳ないから」と手作りお菓子をみなに配る。はじめはクッキーやマフィンだったが、しだいに手が込んだものになっていく。ホールケーキを持参して、これもまた持ってきた包丁で切り分ける。みんな「おいしーいっ」「すごーいっ」と反応しなければ許されない空気。

 知人の大学生に高瀬さんの話をすると、彼はこの小説を読みたいと思っていた、と言った。でも、読み進めるごとに、夢と可能性に満ちた男子大学生はこの話とは大きくかけ離れてるな、と微笑んだ。自分の属性とちがう小説を読んだら人はどう感じるんだろう。ここにいなくてよかったと思うんだろうか。わたしは、ここから抜けられてよかったと思った。

 最後がかなり恐怖だった。何コレ? それはつまり小説として成功してるってことだ。読者の感情を揺さぶられたら勝ち。
 みんなの感想が知りたいけど、お互い共感したり考察しながら、近くにある紙コップなんかをぐちゃぐちゃに握りつぶして話すかもしれない。

読んだ日 9/27
note 9/28

「文藝」でも高瀬さんの文章読んだ


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