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呼ばれる小説-『ミトンとふびん』吉本ばなな(2021年)

 (1,552文字)
 大きな喪失に陥ったとき、吉本ばななの小説がもっともその人を救うと思っている。そんな作家を他にすぐには思いつかない。(村上春樹もか。)
 購入したとき今のわたしは吉本ばななしか無理と思った。
『ベル・ジャー』(シルヴィア・プラス/2024年新訳)を読み終えた今、なにを読むべきか考えたとき自然と読みかけのこの本が浮かんだ。
 文章講座を課題を0時ちょうどに提出したあと真夜中なのに四つめの短編「カロンテ」を真剣に読み始めた。読み終えるまで眠らないつもりだった。
 吉本ばななの小説に呼ばれた。

 互いに事情を抱え、母親達の同意を得られぬまま結婚した外山くんとゆき世。新婚旅行先のヘルシンキで、レストランのクロークの男性と見知らぬ老夫婦の言葉が、若いふたりを優しく包み込む(「ミトンとふびん」)。
 金沢、台北、ローマ、八丈島。いつもと違う街角で、悲しみが小さな幸せに変わるまでを描く極上の6編。
 第58回谷崎潤一郎賞受賞作。

幻冬舎HPより

 ある人は母を亡くし、ある人は離婚し、ある人は親友を亡くした。また別の話で母を亡くし、かつて兄弟が自殺した。
 傷ついてないときにはサラッと読めてしまう。
 配置されている言葉が説明のように感じることに慣れなくて、吉本ばななの小説はそこまで読んだことがなかった。作者の伝えたい意図を、伝えたいままに受け取れていないように感じたから。

 しかし、5年ほど前から吉本ばななのエッセイを何冊も何冊も読むようになった。今までしてこなかった方法で自分を取り戻したいと思ったからだ。
 そして今、苦手だと思っていた吉本ばななの小説にわたしは戻ってきた。

エッセイ系。他にも5冊手にした

 なんてことない人生がなんてことなく終わったね、なにも残さず。気持ちいいね、でもここで終わるんだったら、もっと明日菜の天ぷらを食べとくんだった、おひたしも。そのくらいしか思い残しがない。この人生はすごい、それってすごいことだ。誰にもわかってもらえない偉大さだが、なんで偉大なんだろう、私というこの生命体。

『ミトンとふびん』「情け嶋」P.246

 静かに、根気強く人生の尊さを説く物語。
 それはおそらく、吉本ばなながこれを読んだ人たちに生きていてほしいから。
 傷ついた人に吉本ばななの本が届きますように。

 何ということもない話。
 大したことは起こらない。
 登場人物それぞれにそれなりに傷はある。
 しかし彼らはただ人生を眺めているだけ。

 長い間、そういう小説を書きたかった。
 あまりに丸く収めているから目立たない。でも崖からふと下を覗きこむように、沖合でふと足の下を見たら海底がうんと遠くになるときみたいに、高台の見晴らしの良いところから街を見おろすように、そこにはどこから感じられるのさえわからない魔法のかかった奇妙な深みがあり、いつかどこかで誰かの心を癒す。しかし読んだ人は癒されたことにさえあまり気づかない。あれ? 読んだら少しだけ心が静かになった。生きやすくなった。息がしやすい。あの小説のせいかな?まさかね。
 そんな感じがいい。そのほうが長いスパンでその人を救える。

『ミトンとふびん』「あとがき」P.255〜256(太字はわたし)

 さりげないのにじわじわと効くって本当にすごい。
 吉本ばななの小説が癒す心の一部が確実にある。そこは何かのショックで壊死しかけていて、自分とは関係のないはずの彼女の書いた物語が遠くから鳴る鈴のようにその傷を癒すのだ。
 手のひらのサイズの、なにか小さくて大切で慈しむもののように、この文庫本をめくっていった。

 この本にはよく死が書かれている。それを読んでいくと、見えていなかった命の大切と奇跡を教えられ、わたしは周囲の人が死なないように願った。

 次はどの本に呼ばれるかな。

友だちからの手紙をしおりにしてた

購入:2024/9/16
読書:9/20〜
再開:10/19〜10/20
note:10/20

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