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毎年わたしは四月になる度に花を降らせてはみたものの、立ち止まって花を見てくれる人は数人で、多くの人が急ぎ足で通り過ぎていく。季節は何月になっても訪れるはずのに、今が春なのか、夏なのか、秋なのか冬なのか、それともそれ以外の季節なのか、それはきみにもわからない。わたしたちの知っている春はきっと、迷子に違いなくて、空は雨を降らせて春を探し、風は花びらを降らせて春を探す。どうかこの季節が永遠であってほしいと願う頃、わたしの身体から最後の一枚の花びらが舞い、きみの眼下にゆれている。
夜が終わると朝が来る、そう思っている人が世界にはたくさんいて、奥歯の裏に隠した月を舌で触れながら、いまが朝だと信じて疑わない人たちとすれ違う。わたしはいつだって星空に期待をしているし、燃えているのは太陽ではなく月のほうなんだと、光に手をあてるたびに思う。呪ってばかりの明日が笑うとき、生まれてはじめての朝が来る。 逆回転をはじめる時計の中には未来がないなんて、誰が言ったの。すべてを忘れたい日が時計にもあるんだよ、わたしたちはあまりにも、急ぎすぎてしまったのかもしれないね。
わたしの全身から生えてくる花をあなたが眺める時、わたしはもう生きてはいないのだろうけれど、どうか悲しまないで花の香りをかいでほしい。あなたの優しさから溢れでる桜桃色の涙が、わたしとあなたが、これまで過ごした証明になるはずだ。思い出そうとしても、途切れ途切れの思い出になるくらい、長い時間を一緒に過ごしてきたね。あなたが忘れているであろう思い出も、一日残らず、わたしが日記に書いてきた。寝室の棚の、上から三番目の引き出しだ。日記と一緒に、花の種も入れておいたから、落ち着いた時に植え
きみのことだけが好きだ、そう信じられる人が、恋人を作って手を繋いで歩く街。春になると、花も草も木も、風ですら誰かに恋をするのだと思っていて、だから春はあんなにも美しいのだと思った。昼間に太陽からちぎれた光が、夜には空に浮かんで星と呼ばれる現象に変わり、夜明けには終わる星の命のことより、明るさと美しさを優先する方が大事なようだった。海を見るよりも、森に行くよりも安心できる、星の骨。