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ある日の会話(24.9.10)
カラランッ!
珈琲店の扉が勢いよく開かれ、扉に付いているベルがけたたましく鳴った。
カツカツと早足に靴の音を立てて入ってきたのは黒い制服を身に纏った赤茶色の髪の女性だ。彼女は明らかに不機嫌そうな面持ちで真っ直ぐにカウンター席へ向かってきてテーブルに手をついた。
「マスター、ユエ来てない?」
「いらっしゃいませ。…ユエ…ユエンさんですか?いえ、本日はまだいらしておりませんね」
「マ?あのヤロどこ行ったんだよ…すぐ戻るって言って…」
カウンターの向こうのマスターと目の前の彼女の間に挟まれた僕は少し居心地が悪く、少し身を屈めて目を合わせない程度に女性を見ていた。
風貌といい物言いといい顔見知りの人物にとても似ているのだが絶対的に違うことがある。
ー性別だ。僕の知るそのヒトは男であったはずなんだけれど。
彼らの國ではあって当たり前の魔法とかによるものなのか、はたまた別の次元の同一人物なのか?考えながら眺めているとうっかり目が合ってしまった。
「あぁ?…ああ、アンタか。久しぶりに見た気するな…」
「……どーも、ご無沙汰です」
絡まれた、と一瞬焦ったが“彼女”はそれ以上何も言わず、隣の椅子を引いて座ると気怠そうに頬杖をついてコーヒーを注文した。
どうやらこの人物は僕の知っている人物らしい…僕は女性として生を受けている世界線の彼のことはまだ知らないから、多分そうだろう。
スマホを取り出しメッセージを打ち込むのを横目に話しかけた。
「…今日は女の子なんですか、珍しい…」
何気なく聞くつもりが回り回って直球で聞いてしまった。なんて脳と口なんだろう、馬鹿か僕は。
彼女…キイチはスマホから顔を上げて呆れたような顔をした。
「…そ。この前悪戯した罰だってよ」
「…そうなんですか……」
この前って言うと、ユエンが猫獣人の女の子になってキイチがかわいい自慢するために連れ回したってやつだろうな。
「…彼奴もーマジくそ、聞けよ、俺はいーの、女になろーが猫になろーがバニーになろーがよ、だってそれで困んのユエだし面白ぇじゃん」
「はあ…」
「けどあのヤロー何してもいちっミリも微動だにしねぇの。意味わかんなくね?…ねぇマスター、俺そんなに可愛くない…?」
コーヒーを差し出したマスターの手に触れるようにカップとソーサーを支えて上目遣いに見上げる。マスターはニコリと微笑んだ。
「いいえ、とても魅力的だと思いますよ」
キイチは満足気に笑ってゆっくりと手を離したーと同時に店の扉のベルが「リンッ」と小さく鳴った。
僕は不意にゾワリと鳥肌が立って、薄らと愉しげに口角を上げるキイチの陰から扉の方を覗いた。
…いやいや、これはヤバいやつでは。なんか僕の知ってるユエンと違うヒト立ってませんか?
「いらっしゃいませ」
マスターが和かに声をかける。
待ってマスター、この空気で普通に接客するの?殺気立って感じるのは僕がコミュ症引き籠りチキンだからなだけなんですか…
「こんにちは。…ごめんね、待たせちゃって」
雰囲気はともかく、柔らかな微笑と声音でそう言って近づいて来るユエンは確かにいつも通りではあるのだけど違和感が拭えない。
微妙な笑顔を貼り付けた僕はユエンに会釈だけしてスマホを操作するフリをした。
…とここまでが今起きていること。
とりあえずこうしてスマホでソシャゲやらをしながら傍らの話を聞いていようと思う。
何かあればまた続きとして書くかもね。
2024/09/10の記録