かこう
遅めの衣替え、あなたの聴いていた音楽をかけながら。粗く編まれたセーターの生地、額に汗が伝う。”You know I’m trying” この歌詞がきらいだ。だってわかっていた、あなたがどれほど努力してきたのか、あなたがどれほど失ってきたのか、どれほどの他人を傷つけ、自分を痛めつけてきたのか。あなたと一緒に過ごした服たちはまた今年も着られないままにタンスの奥へ押しこまれてゆく。まるで何もなかったみたいに、そんなもの最初から存在していなかったみたいに。わたしの頭のなかを静かに占領している、あなたとの記憶、もう手放したいと思うのだけれど、離れようとすると涙がでる、反射なのか、あなたと過ごしていたわたしは延々と泣きつづけた、記憶を引き摺り出すとすぐに泣いてしまう。失うのが怖いから。あなたという存在を、失うのが、心の底から怖かった。もうおわりにしようと、神にさえ誓った、あなたは馬鹿みたいだと思うかもしれないけれど、わたしにはそれ以外の方法が見当たらなかった。だれと一緒に居ても、本当に駄目みたいで、例えばあの映画を観に行こうという時、あなたを思い浮かべてしまう、それで咄嗟に、頭のなかを掻き混ぜる、あなたといっしょに映画を観る日なんて、もう……。だれと一緒にいても、本当に、駄目です。抱かれても、優しくされても、他に何があるっていうの? わたしはただ、子どもみたいに笑う、あなた、赤と青の混ざったいろを見つけたときのあなた、がどれだけ満足げだったかそれを、想像するだけで、もう、十分だった、それにもっと早く気づけばよかった、わたしは助けられないよ、あなたのこと、救うことができないよ、ただ、ほんとうに愛、してたよ、たぶん、あなたのこと。愛なんて、馬鹿げたこと、いいやがって…… わたしは あなたとの記憶 との決別を図る、歩いた道、歌った歌、一緒につくった料理、そのあいだに交わしたキス、あれこれ言い合ったドラマ、読ませあったお気に入りの本、深夜に食べたアイス、あなたがくれたキャラクターの描かれたステッカー、あなたの着る袖のながいパーカー、あなたの好きな色、あなたの口を尖らせる癖、あなたの髪の手触り、あなたの奏でる音、あなたがわたしにくれた、ぜんぶの言葉。ただ、認めてもらいたかっただけ、なのよく分かっているよ、そのためにあなたは、わたしによろこぶ言葉を与えたね。わたしはおわかれをしたいと思っている、だって何をやっても上手くいかない日は、あなたとの記憶に縋り付いてしまう、それってすごくみっともない、あなたを心の底から忘れたい。あなたと観ていた映画を何度も再生する、画面が擦り切れるほど、何度も、何度も。夜のベランダは煙が喉に詰まる、灰が染み付いたTシャツは、あなたの知らない色をしている、あなたの知らないわたしがいる。時が進み続けている、止まらずにずっと一方向へながれだしている、わたしはもうあなたの知るわたしではなく、あなたももう、わたしの知るあなたでは、ない、それとも最初から知らなかったのなら、 ああそうか、何一つ問題ないか。あなたとの記憶を奥底に押しこめたらいずれ潰れる。いまはまだ、意識的に捨てなくて大丈夫だよ。言葉並べても気持ち悪いだけだから火を消して部屋にもどる。ベッドの上に散らかった布、明日もあなたは、惰性で生きるのでしょう?