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長恨歌

長恨歌 白居易(白楽天)

参考文献
 角川ソフィア文庫「中国名詩鑑賞辞典」著:山田勝美
 講談社学術文庫「漢詩鑑賞事典」編:石川忠久
 岩波文庫「中国名詩選 下」編:松枝茂夫
 岩波文庫「白楽天詩選 上」訳注:川合康三
 岩波文庫「新編 中国名詩選 下」編訳:川合康三

漢皇重色思傾
  漢皇かんのう いろおもんじて 傾国けいこくおも
御宇多年求不
  御宇ぎょう 多年たねん もとむれども
   /あめがしたしろしめすこと多年 求むれども得ず
楊家有女初長生
  楊家ようかむすめり はじめて長生ちょうせい
養在深閨人未
  やしなわれて深閨しんけいり ひと いまだ らず
天性麗質難自棄
  天性てんせい麗質れいしつ おのずかがた
一朝選在君王
  一朝いっちょう えらばれて 君王くんのうかたわら
囘眸一笑百媚生
  ひとみめぐらして 一笑すれば 百媚ひゃくびしょう
   /眸をめぐらして ひとたびわらえば 百媚生じ
   ※囘——廻に作るの書あり
六宮粉黛無顔
  六宮りくきゅう粉黛ふんたい 顔色がんしょく
   【入声十三職韻(國、得、識、側、色)】

春寒賜浴華淸
  春寒しゅんかん よくたまう 華清かせい
   /春さむうして 浴をたもう 華清のいけ
温泉水滑洗凝
  温泉おんせん みずなめらかにして 凝脂ぎょうしあら
侍兒扶起嬌無力
  侍児じじ たすこせば きょうとしてちから
   /侍児 扶け起こすも 嬌として力無し
始是新承恩澤
  はじめてれ あらたに恩沢おんたくくるのとき
   /始めて是れ 新たに恩沢を承けし時
   【上平声四支韻(池、脂、時)】
雲鬢花顔金歩
  雲鬢うんびん 花顔かがん きん歩揺ぽよう
芙蓉帳暖度春
  芙蓉ふようとばり あたたかにして 春宵しゅんしょうわた
春宵苦短日高起
  春宵しゅんしょう はなはみじかく けて
   /春宵 短きに苦しみ 日高くして起き
從此君王不早
  れより君王くんのう 早朝そうちょうせず
   /此れより君王 あさまつりごとせず
   【下平声二蕭韻(揺、宵、朝)】

承歓侍宴無閑
  かんけ えんして 閑暇かんか
春從春遊夜専
  はる春遊しゅんゆうしたがい もっぱらにす
   /春は春の遊びに従い よるよるを専らにす
   【去声二十二禡韻(暇、夜)】
後宮佳麗三千
  後宮こうきゅう佳麗かれい 三千さんぜんにん
三千寵愛在一
  三千さんぜん寵愛ちょうあい 一身いっしん
金屋粧成嬌侍夜
  金屋きんおく よそおって きょうとしてよる
玉樓宴罷醉和
  玉楼ぎょくろう えんんで うてはる
   【上平声十一真韻(人、身、春)】
姉妹弟兄皆列
  姉妹しまい 弟兄ていけい みなくにつら
   /姉妹 弟兄 皆れつ
可憐光彩生門
  あわれむし 光彩こうさい門戸もんこしょうずるを
遂令天下父母心
  つい天下てんか父母ふぼこころをして
不重生男重生
  おとこむをおもんぜず おんなむをおもんぜしむ
    【通韻:上声七麌韻(土、戸)・上声六語韻(女)】

驪宮高處入靑
  驪宮りきゅう たかところ 青雲せいうん
仙樂風飄處處
  仙楽せんがく かぜひるがえって 処処しょしょこゆ
   【上平声十二文韻(雲、聞)】
緩歌慢舞凝絲
  緩歌かんか 慢舞まんぶ 糸竹しちくらし
盡日君王看不
  尽日じんじつ 君王くんのう れどもらず
漁陽鼙鼓動地來
  漁陽ぎょよう鼙鼓へいこ うごかしてきた
   /漁陽の鼙鼓 地をゆるがして来り
驚破霓裳羽衣
  驚破ぎょうはす 霓裳げいしょう 羽衣ういきょく
   【通韻:入声一屋韻(竹)入声二沃韻(足、曲)】

九重城厥煙塵
  九重きゅうちょう城厥じょうけつ 煙塵えんじんしょう
千乘萬騎西南
  千乗せんじょう 万騎ばんき 西南せいなん
   【下平声八庚韻(生、行)】
翠華揺揺行復
  翠華すいか 揺揺ようようとして いてとどまり
西出都門百餘
  西にしのかた都門ともんづること ひゃく
六軍不發無奈何
  六軍りくぐんはっせず 奈何いかんとする
宛轉蛾眉馬前
  宛転えんてんたる蛾眉がび 馬前ばぜん
   【上声四紙韻(止、里、死)】

花鈿委地無人
  花鈿かでんてられて ひとおさむる
   /花鈿 地にして 人の収むる無く
翠翹金雀玉搔
  翠翹すいぎょう 金雀きんじゃく ぎょく掻頭そうとう
君王掩面救不得
  君王くんのう めんおおうて すく
   /君王 おもてを掩いて 救い得ず
囘看血淚相和
  回看かいかんすれば 血涙けつるい あいしてなが
  /かえて 血涙 相和して流る
   【下平声十一尤韻(収、頭、流)】

黄埃散漫風蕭
  黄埃こうあい 散漫さんまん かぜ蕭索しょうさく
  /黄埃 散漫として 風蕭索たり
雲棧縈紆登劍
  雲棧うんさん 縈紆えいう 剣閣けんかくのぼ
  /雲棧 縈紆して 剣閣に登る
峨眉山下少人行
  峨眉山がびさん ひとくことまれ
  /峨眉山下 人の行くことすくなく
旌旗無光日色
  旌旗せいき ひかりく 日色にっしょくうす
   【入声十薬韻(索、閣、薄)】

蜀江水碧蜀山
  蜀江しょくこう みずみどりに 蜀山しょくざんあお
  /蜀江 水碧にして 蜀山青し
聖主朝朝暮暮
  聖主せいしゅ 朝朝ちょうちょう 暮暮ぼぼじょう
行宮見月傷心色
  行宮あんぐうに つきては 傷心しょうしんいろ
  /行宮に月を見れば 傷心の色
夜雨聞鈴腸斷
  夜雨やうに すずいては 腸断ちょうだんこえ
  /夜雨に鈴を聞けば 腸断の声
   【通韻:下平声九青韻(靑)・下平声八庚韻(情、聲)】

天旋日轉廻龍
  てんめぐり めぐって 龍馭りゅうぎょめぐらし
  /天廻り 日てんじて 龍馭をかえ
  ※廻—囘(回)に作るの書あり
到此躊躇不能
  ここいたって 躊躇ちゅうちょして あたわず
  /此に到りて 躊躇して 去る能わず
馬嵬坡下泥土中
  馬嵬ばかいもと 泥土でいどうち
  /馬嵬ばかい 泥土の中
不見玉顏空死
  玉顏ぎょくがんず むなしくせしところ
  /玉顏を見ず 死処ししょむな
   【去声六御韻(馭、去、處)】
君臣相顧盡沾
  君臣くんしん あいかえりみて ことごところもうるお
  ※沾—霑に作るの書あり
東望都門信馬
  ひがしのかた都門ともんのぞみ うままかせてかえ
   【上平声五微韻(衣、歸)】

歸來池苑皆依
  かえきたれば 池苑ちえん みなきゅう
太液芙蓉未央
  太液たいえき芙蓉ふよう 未央びおうやなぎ
   【通用:去声二六宥韻(舊)・上声二五有韻(柳)】
芙蓉如面柳如
  芙蓉ふようめんごとく やなぎまゆごと
  /芙蓉は面(おもて/かお)の如く 柳は眉の如し
對此如何不淚
  これたいして 如何いかんぞ なみだれざらん
春風桃李花開日
  春風しゅんぷう 桃李とうり はなひらくの
秋雨梧桐葉落
  秋雨しゅうう 梧桐ごとう つるのとき
   【上平声四支韻(眉、垂、時)】

西宮南内多秋
  西宮せいきゅう 南内なんだい 秋草しゅうそうおお
  ※南内—南苑なんえんに作るの書あり
宮葉滿階紅不
  宮葉きゅうよう かいちて こうはらわず
  ※宮葉—落葉らくように作るの書あり
  /落葉らくよう きざはしちて くれない はらわず
梨園弟子白髪新
  梨園りえん弟子ていし 白髪はくはつあらたに
椒房阿監青娥
  椒房しょうぼう阿監あかん 青娥せいがいたり
  /椒房の阿監 青娥もいぬ /椒房の阿監 青娥
   【上声十九皓韻(草、掃、老)】

夕殿螢飛思悄
  夕殿せきでん ほたるんで おも悄然しょうぜん
孤燈挑盡未成
  孤灯ことう かかくして いまねむりをさず
遲遲鐘鼓初長夜
  遅遅ちちたる鐘鼓しょうこ はじめてなが
耿耿星河欲曙
  耿耿こうこうたる星河せいが けんとほっするのてん
   【下平声一先韻(然、眠、天)】
鴛鴦瓦冷霜華
  鴛鴦えんおうかわら ややかにして 霜華そうかおも
翡翠衾寒誰與
  翡翠ひすいふすま さむくして だれともにせん
悠悠生死別經年
  悠悠ゆうゆうたる生死せいし わかれてとしたり
魂魄不曾來入
  魂魄こんぱく かつきたりて ゆめらず
   【通韻:去声二宋韻(重、共)・去声一送韻(夢)】

臨邛道士鴻都
  臨邛りんきょう道士どうし 鴻都こうとかく
  /臨邛の道士 鴻都に客たり
能以精誠致魂
  精誠せいせいもって 魂魄こんぱくいた
爲感君王展轉思
  君王くんのう展転てんてんおもいをかんずるがため
  /君王が展転の思いに感ぜしが為に
  ※展―輾に作るの書あり
遂敎方士慇勤
  つい方士ほうしをして 慇勤いんぎんもとめしむ
   【通韻:入声十一陌韻(客、魄)・入声十二錫(覓)】
排空馭氣奔如
  そらはいし ぎょして はしることいなずまごと
  /空をひらき 気に馭して 奔ること電の如く
昇天入地求之
  てんのぼりて りて これもとむることあまね
  ※遍—徧に作るの書あり
上窮碧落下黄泉
  うえ碧落へきらくきわめ した黄泉こうせん
  /かみは碧落を窮め しもは黄泉
兩處茫茫皆不
  両所りょうしょ 茫々ぼうぼうとして みなえず
   【去声十七霰韻(電、遍、見)】

忽聞海上有仙
  たちまく 海上かいじょう仙山せんざん
山在虛無縹緲
  やま虚無きょむ 縹緲ひょうびょうかん
   【下平声十五刪韻(山、閒)】
樓閣玲瓏五雲
  楼閣ろうかく 玲瓏れいろうとして 五雲ごうんこり
其中綽約多仙
  なかに 綽約しゃくやくとして 仙子せんしおお
  /其のうち 綽約たる 仙子多し
中有一人字太眞
  なか一人いちにんり あざな太真たいしん
  ※太眞—玉眞に作るの書あり
  /中に一人有り 字は玉真ぎょくしん
雪膚花貌參差
  雪膚せっぷ 花貌かぼう 参差しんしとしてこれならん
  /ゆきはだ はなかんばせ 参差として是れなり
   【上声四紙韻(起、子、是)】

金厥西廂叩玉
  金厥きんけつ西廂せいしょうに 玉扃ぎょくけいたた
轉敎小玉報雙
  てんじて 小玉しょうぎょくをして双成そうせいほうぜしむ
聞道漢家天子使
  きくならく 漢家かんか天子てんし使つかいと
  /漢家天子の使いなり と うを
九華帳裏夢魂
  九華きゅうか 帳裏ちょうり 夢魂むこん おどろ
  ※夢魂—夢中に作るの書あり
  /九華 帳裏 夢中むちゅうに驚く
   【通韻:下平声九青韻(扃)下平声八庚韻(成、驚)】
攬衣推枕起徘
  ころもり まくらし って徘徊はいかい
珠箔銀屛邐迤
  珠箔しゅはく 銀屛ぎんぺい 邐迤りいとしてひら
  ※銀屏—銀鈎に作るの書あり
  /珠箔 銀鈎ぎんこう 邐迤として開く
雲鬢半偏新眠覺
  雲鬢うんびん なかかたむき あらたにねむりより
花冠不整下堂
  花冠かかん ととのえず どうくだりてたる
   【上平声十灰韻(徊、開、來)】

風吹仙袂飄颻
  かぜ仙袂せんべいいて 飄颻ひょうようとしてがり
  ※飄颻—飄飄に作るの書あり
  /風は仙袂を吹いて 飄飄ひょうひょうとして挙がり
猶似霓裳羽衣
  たり 霓裳げいしょう羽衣ういまい
  /猶お 霓裳羽衣の舞に 似たり
玉容寂寞淚闌干
  玉容ぎょくよう 寂寞せきばくとして なみだ 闌干らんかん
  ※闌干—攔干に作るの書あり
  /玉容 寂寞として 涙 攔干らんかんたり
梨花一枝春帶
  梨花りか 一枝いっし はる あめ
   【通韻:上声六語韻(擧)・上声七麌韻(舞、雨)】

含情凝眸謝君
  じょうふくみ ひとみらして 君王くんのうしゃ
一別音容兩渺
  一別いちべつ 音容おんよう ふたつながら渺茫びょうぼう
  /ひとたびわかれしより 音容 両つながら渺茫たり
昭陽殿裏恩愛絶
  昭陽殿しょうようでん 恩愛おんあい
  ※裏—裡に作るの書あり
蓬萊宮中日月
  蓬萊宮ほうらいきゅうちゅう 日月じつげつなが
   【下平声七陽韻(王、茫、長)】
廻頭下望人寰
  こうべめぐらして しも 人寰じんかんのぞところ
  /頭を廻らしてしたのかた人寰を望む処
  ※廻—囘に作るの書あり
不見長安見塵
  長安ちょうあんずして 塵霧じんむ
  /長安見えず 塵霧見ゆ
唯將舊物表深情
  旧物きゅうぶつもって 深情しんじょうあらわ
  /唯だ旧物を将って 深情をあらわさんと
鈿合金釵寄將
  鈿合でんごう 金釵きんさ らしむ
  ※釵—さい、とも
   【通韻:去声六御韻(處、去)・去声七遇韻(霧)】
釵留一股合一
  一股いっことどめ ごう一扇いっせん
釵擘黄金合分
  黄金おうごんき ごうでんかつ
但令心似金鈿堅
  こころをして 金鈿きんでんかたきにしむれば
  /但だ心をして 金鈿のごとかたからしめば
  ※令—敎に作るの書あり
天上人閒會相
  天上てんじょう 人間じんかん かならあいまみえんと
   【去声十七霰韻(扇、鈿、見)】

臨別殷勤重寄
  わかれにのぞんで 殷勤いんぎんに かさねてことば
詞中有誓兩心
  詞中しちゅうちかり 両心りょうしんのみ
七月七日長生殿
  七月しちがつ七日なのか 長生殿ちょうせいでん
  /七月しちげつ七日しちじつ 長生殿
夜半無人私語
  夜半やはん ひとく 私語しごとき
在天願作比翼鳥
  てんりてはねがわくは比翼ひよくとり
  /天に在っては 願わくは 比翼の鳥と作らん
在地願爲連理
  りてはねがわくは連理れんりえだらんと
  /地に在っては 願わくは 連理の枝と為らんと
天長地久有時盡
  てんながく ひさしきも ときりてきん
  /天長てんちょう 地久ちきゅう 時有ってか尽きても
此恨緜緜無盡
  うら綿綿めんめんとして くるとき からん
  ※盡—絶に作るの書あり
  /此の恨みは綿綿として ゆる 無からん
   【上平声四支韻(詞、知、時、枝、期)】

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