行くも帰るも|蝉丸

それでは視覚障がいの方の短歌を紹介します。
実は、視覚障がいと短歌には深〜い関係があります。
現存するわが国最古の歌集「万葉集」が成立したのは奈良時代末期。その次の平安時代末期から鎌倉時代はじめに出来たと言われる「百人一首」には、既に視覚障がいの方の短歌が収録されています。

これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関  蝉丸

百人一首に載っているのでこの歌をご存知の方も多いと思います。
一首の意味は

「知っている人も知らない人も、
 出て行く人も帰ってくる人も別れてはまた逢い、
 逢ってはまた別れる。
 これがその逢坂の関である。」

という感じ。
会えば必ず別れがあり、別れてはまた出会いがある。
人生のようで、無常感が伝わってくる短歌です。

作者の蝉丸は伝説的な人物で、出生や家系図等ははっきりとは分かっていないんですが、全盲で、琵琶の名手だったと今昔物語や能で描かれている人物です。

もう一首、蝉丸にはこんな歌もあります。

世の中はとてもかくても同じこと宮も藁屋(わらや)も果てしなければ

短歌の意味は

「生き方の上を見れば立派な宮殿に住む人生、
 下を見ればかやぶきの小屋で過ごす人生がある。
 どのような生活をしても過ごそうとも、そこに限りはない。」

という感じ。
伝説に残るくらいの琴の名手であっても、豪邸に住もうが藁の家に住もうが気にしない。世間の価値観ではなく、自らの音楽という価値観に生きた生涯が伝わってきます。

歌に記された蝉丸の精神に魅了されます。どんな人物だったんでしょうか。
今までは漠然と想像を巡らせるだけでしたが、全盲の義父や、視覚障がいの方や、パラアスリートの皆さんと関わるようになった今の私には、蝉丸の輪郭がわりとくっきりと想像でできるような気がします。


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