スウェーデンの家は、なぜ「タコ部屋」から「優れた機能美」に進化したか?(前編)
北欧、特にスウェーデンのインテリアデザインがなぜ優れているか?についての話です。よく「北欧では冬にほとんど日が差さずに室内にいる時間が長いから、自然とインテリアデザインが発展した」といいます。私もそう思っていましたしそういう一面も確かにありますが、ある本に出会って「スウェーデンのインテリアデザイン文化は意図的に(政策的に)作られたもの」ということを知りました。そしてそれは北欧的な福祉国家の形成と深く関わっているというのです。いやー、面白かったです。それがこちら。
『スウェーデン・デザインと福祉国家: 住まいと人づくりの文化史』(太田 美幸/新評論)
スウェーデン・デザインとしてまず思いつくのがIKEA(イケア)ではないでしょうか。私が初めてIKEAを訪れたのは25歳の頃(いまから10年ちょっと前)でしたが、本当にびっくりしたのを覚えています。
家具屋さんというのは普通、「ベッド・リネン」や「キッチン用品」など製品ごとにカテゴライズされているイメージでしたが、IKEAはモデルルームがいくつもあって、部屋のテーマごとに製品を購入できるようになっていました。「必要なものを個別最適で買い揃えていく」のではなく「全体の調和を考えてからものを買う」という部屋づくりの思想の違いに感動したのでした。
その昔、スウェーデン人の暮らしは「タコ部屋」だった
今でこそインテリアデザインに優れた国というイメージがあるスウェーデンですが、昔からそうだったというわけではありません。特に1840〜1930年頃までは国全体が貧しく、農村から都市部に仕事を求めて人が流れ込み、住環境が不足し1つの家を部屋ごとに分けて1部屋に1家族3〜5人で住む、いわゆるタコ部屋状態だったそう。劣悪な住環境の中でたくさんの国民が海外へと移民していったのもこの頃。
"一部屋しかない住まいは家族だけでもすでに手狭であったが、わずかでもスペースに余裕があれば、それを寝床として貸し出し、収入の足しにしていたのである。
また、昼間の空いているベッドを、夜間の労働者に貸すということも少なくなかったらしい。”
ー太田 美幸『スウェーデン・デザインと福祉国家: 住まいと人づくりの文化史』新評論,2018年,p.115(以下同文献引用、ページ数のみ記載)
ということからもどれだけ住環境がひどかったかは想像できる。じゃあなぜスウェーデンデザインは発展したのか?それには冬の寒さだけでない要因があるという。
「よいデザイン」が「よき趣味」を育て、道徳心を向上させる
さて1840年代、世界のデザイン先進国は産業革命の国イギリスでした。ロンドンでは芸術と産業を結びつけるデザイン改革運動が起こっていたといいます。ところで「良いデザイン」は、"あったらいいけどまずは機能が先"というイメージ、ありませんか?デザインはプラスαのものというか。贅沢というか。その考え方がまず違うんですね。
デザイン改革運動は「よいデザイン」が人々の道徳心を向上させるという見方を前提としていた。(中略)「よき趣味」をもつ人々は、消費行動においても「低俗」な浪費に走ることなく、有用なモノを見極める賢さをもっている(中略)消費者である一般大衆に「よき趣味」を身につけさせることもまた重視されたのである。
ー同書籍,p62
つまりハイエンドな産業を育てるにはそれを理解する消費者の審美眼を育てねばなりませんよ、という考え方。国民の趣味向上を国を挙げて行いましょうと。この思想が源流にあり、先ほどの劣悪な住環境にあるスウェーデンの労働者の住まいや暮らしを変えることで産業を育てていこうという動きにつながっていくことが本書に書かれていました。(そこで大きな役割を担うのがかのカール・ラーションだということもこの本で知りました)
日本も戦後の高度経済成長で国民の暮らしを向上させる動きがありましたが、それはテレビ・洗濯機・冷蔵庫(="三種の神器")など個別の物や機能を生活に取り入れることに力点が置かれていました。"より高機能なものこそ至高である"という考え方は今尚私たち日本人の新しもの好きの性質のベースにあるんじゃないかと思います。スェーデンの場合は「国民の趣味を等しく向上させる」というアプローチでした。ではどうやって向上させたかというと、草の根的な学習機会の提供によるものだったそう。
少し長くなりましたので、続きは後編で!