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開戦4年前の憲法記念日

今年はこれまでにない体調不良の状態で憲法記念日を迎えた。あと何度、健康寿命が終わる前に、この日を送ることができるだろうと心細い気分になる。否、あと何年、こうして改憲派と護憲派が分かれて集会を開きましたというニュースを聞く5月3日を過ごすことができるだろう。有明防災公園で開かれている護憲派の集会へ行こうかと考えたが、健康上の不安もあって取りやめた。が、足が向かなかった理由はそれだけではない。プログラムで紹介されているメインスピーチの登壇者が、全く名前を知らない3人だった点が影響している。どういう人選と指名なのか不明だ。この3人が憲法9条で何か論陣を張ったという記憶がない。主催共催で名を連ねている団体の左翼業界を仕切る面々が、きっと「若者」や「女性」をキーにして抽出し選定したのだろうと想像する。

左翼業界が、この3人を論壇で売り出そうという動機と背景が窺われる。8年前のSEALDsの神輿担ぎの演出手法を想起させられ、幻滅を覚えてしまう。もし、この集会の雛壇の上に、小泉今日子と吉永小百合が立つとか、宮崎駿と小澤征爾と山田洋次が揃い踏みするとか、村上春樹が降臨するとか、そういう告知と案内を聞いていれば、無理を押してでも遠出する気になっただろう。大きな集会は話す人と聞く人に分かれる。聞く人の側になるのなら、聞いてよかったと満足できる人の話を聞きたいし、期待感の持てる話し手を揃えてもらいたい。なるべく多くの聴衆を集めることが政治イベント主催者の成功なのだから、それは基本で当然の鉄則だ。 私は主催者の左翼幹部が何を考えているのか全く分からない。何の危機感もない左翼業界のマンネリとルーティンの惰性に呆れて憤る。

週刊金曜日の4月28日号は「憲法特集号」と銘打って発売され、河野洋平の大きな顔が表紙を飾っている。「危険な憲法観、岸田政権のやり方は止めなきゃいかん」と訴え、強引に改憲へと突進する岸田文雄を批判している。河野洋平がメディアで護憲の発言をするのは久しぶりだ。護憲派にとっては待望の瞬間である。本来なら、他のマスコミに次々転載されて話題になってよく、ネットで拡散されて注目を集めてもよい出来事に違いない。だが、特に大きな関心を呼ぶニュースにはなっていない。週刊金曜日の広報の努力不足が祟っている。昨年5月、古賀誠がTBS報道特集に出演し、力強く9条護憲の声を上げた折は、大きな反響と共感の渦が沸き起こった。私が有明集会の企画責任者ならば、古賀誠と河野洋平の二人に懇願して演壇に立ってもらう絵作りに粉骨奔走しただろう。

誌面を開くと6頁の対談記事が載っている。インタビューではなく中島岳志との対談だ。インタビューではなく対談であることが、価値のない空疎な中身にしている。TBS報道特集は、番組による古賀誠へのインタビューであり、あくまで古賀誠を主役にしたジャーナリズムだった。だから報道コンテンツとして成功していた。週刊金曜日の記事は、簡単に言えば、中島岳志が河野洋平を出汁にして企画を組んだものであり、護憲派が多くを占める購読者向けに、底の浅い商業的動機で誌面を編集したものだ。河野洋平のメッセージは伝わって来ず、中島岳志の小生意気な臭気だけが邪魔に漂っている。憲法記念日の空間で注目を集めなかった原因も、きっとその所為だろう。内容がジャーナリズムになっておらず、失敗している。せっかく河野洋平が身を乗り出したのに、有意味な政治の展開を作れなかった。

誰もが知る事実だが、中島岳志はそもそも改憲派の論者である。自らの立場を保守派と定義して論壇活動している。09年3月に「マガジン9条」が上げた記事の中で9条についてこう言っている。

将来的には、9条で自衛隊を認めるべきだというのが僕の持論です。それは、そのほうが自衛隊が暴走しないシステムをつくれると思うから。ちゃんと自衛隊の存在を明記して、その上で縛りをかける。どういうものが侵略戦争ではない正当な自衛として認められるのかという定義をきちんとする。そうした上での9条が、僕は平和をもたらす要素だと思っているんですね。

私はそれ(9条)を憲法の条文とすることには、疑問があります。憲法は、あくまでも「国民が権力に縛りをかけるもの」です。だから、現実に存在する自衛隊をしっかりと規定することは、極めて重要です。

(マガジン9条)

この発想と主張は、現在も中島岳志の中で一貫しているはずであり、立場を変えたという話は聞かない。つまり、中島岳志の9条論は安倍晋三と同じであり、自民党の改憲案と同じ(自衛隊明記)ということになる。これは、「マガジン9条」を主宰する鈴木耕が何人もの若手論客に唱えさせてきた議論であり、00年代を通じての左派(リベラル左翼)による主流の9条改憲論だった。その代表格が想田和弘であり、そして小熊英二と雨宮処凛と伊勢崎賢治である。それを目ざとく見つけた安倍晋三と右翼が、これはいいと大喜びで採用し、正式に自民党改憲案に据えた代物だ。安倍晋三がリベラル左翼の9条改憲論を見事にパクった政治的顛末であり、滑稽な喜劇と笑うしかない。この左翼の錯誤の思想的淵源は、元全共闘の鈴木耕らの戦後民主主義(丸山真男)に対する憎悪と怨恨にあると私は分析する。

同じ「マガジン9条」の記事の中で、中島岳志は頭山満への尊敬を率直に語っていて驚かされる。

頭山満という人を、僕はものすごく尊敬してるんです。戦前に出会っていたら、やっぱり僕も「彼にどっぷり」となっただろうと思うんです。それくらい魅力のある人だし、やっぱり面白い。

(マガジン9条)

中島岳志も想田和弘も堂々たる改憲論者だ。憲法9条を変えて自衛隊を正式に位置づけろという主張であり、安倍改憲すなわち現在の自民党の改憲案と同じ中身である。平和憲法を真っ向から否定する考え方であり、岸信介以来の戦後の保守反動勢力が唱えてきた9条改憲論そのものである。それが護憲派と闘争を繰り広げてきた主敵のマニフェストであった事実は否定すべくもない。一般に、週刊金曜日は左派の雑誌と言われている。左派の雑誌の典型である週刊金曜日の編集委員が、自民党改憲案と同じ9条改憲論というのはどういうことなのだろうか。この国の言論界のバカさ加減がよく表れている。おそらく、順番としては初めに雨宮処凛ありきで、雨宮処凛が自分と同じ改憲派の中島岳志を引っ張ってきて、次に中島岳志が仲間である想田和弘を引っ張ったのだろう。雨宮処凛を引っ張って据えたのは佐高信と落合恵子だと思われる。

護憲派の集会の報道を見ると、帽子をかぶった70代80代の高齢者の人々が、主催者が配布したプラカードを一斉に掲げる写真が載っている。いつも同じ絵だ。5月3日の集会に参加するのだから、生粋の左翼政党支持の市民であり、週刊金曜日の読者の分母をなす人々という属性になる。護憲派のコアの層だ。この人たちは、自分が詐欺に遭っているとか、騙されて購読料を取られているとか思うことはないのだろうか。私はいつも不思議で不条理な気分になる。定期購読している雑誌は、中島岳志、想田和弘、雨宮処凛が編集している。鈴木耕の「マガジン9条」もそうだが、実のところ、彼らの言説と情報発信は、9条の意義を相対化し、9条護憲の人々を9条改憲に改宗させるためのものだ。その情報工作が、左派の顔をした詐欺師たちによって行われ、護憲派の読者がお金を払って読み、そのお金が詐欺師の懐に入っている。彼らが収入を得ている。

3日夜のプライムニュースでは、与野党の論客をスタジオに呼んで改憲論議をやっていた。どうやら、解散総選挙の後、臨時国会(秋国会)の憲法審査会で論点整理の詰めをやって結論を出し、来年の通常国会に正式な成文の改憲案を発議し、3分の2以上で可決成立させるというスケジュールで動いている。主導しているのは維新で、番組でも音喜多駿が反町理と腹合わせして仕切り、討論の進行を操っている状況が窺われた。維新も、少し前は道州制(統治機構)をテーマにしたり、最近は緊急事態条項で野党の右翼再編を試みたりと策動してきたが、ここへ来て、お試し改憲の政治はやめ、9条に狙いを定めつつある。教育無償化も、緊急事態条項も、改憲せずとも実施実現できるもので、改憲気運を高め、護憲派を潰すための世論工作の改憲論議でしかない。改憲しないと法的整合性に根本的に矛盾が出るのは、憲法9条だけである。

今の憲法のままで、徴兵制施行や靖国神社国営化法やスパイ防止法(思想犯罪処罰法)の制定は無理だ。そして、台湾有事は刻一刻と近づいていて、支配者は日本に徴兵制を求めている。そうしないと、台湾派遣軍の地上兵が不足し、南西諸島(与那国・西表・石垣・宮古・・奄美・・)に配置する守備隊の兵員が調達できないからである。テレビのニュースを見て気づいたのは、ニュースで先に出るのが改憲派の集会で、後に出るのが護憲派の集会だということだ。いつからこうなったのだろう。10年前は、護憲派の集会映像が先に登場し、その後で櫻井よしこが演説する集会の絵が出ていた。選挙情勢の報道における候補者の順番と同じで、この順序には意味がある。多数派・少数派、正統派・異端派の意味が示唆されている。順番が変わったのは5年前くらいからだろうか。長い間、改憲派の集会はマスコミ報道では異端派扱いだった。

最後に「あらたな戦前にさせない!」というスローガンにも首をひねる。もう集団的自衛権が認められて(安保法制)8年が経っている。特定秘密保護法が成立して10年になり、昨年、容疑をかけられた海自一佐が警務隊に捜査されて書類送検された。戦慄の粛軍事件が起きた。そして現在、事実上の総動員令である経済安保法制(民間企業の国防義務強制)の整備が着々と進められている。台湾有事は4年後と言われ、テレビでは軍人ばかりが大きな顔をして喋っている。国家財政は破綻状態なのに青天井で攻撃用兵器を買いまくり、敵国領土に中距離ミサイルを先制攻撃する準備に余念がない。どうして現時点が戦前だという判断が持てないのか。その認識を正しく確立できないのか。誰かに何か忖度でもしているのか。


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