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おいしい歳時(11月、「ハイボールと駄菓子と蕎麦」)



 急に涼しくなる11月。最近は涼しくなり始めるのが遅く、10月までは夏としてもいいような気さえする。暑けりゃ暑いで美味く、涼しくなれば涼しくなったで美味いのは酒である。ただし、外歩きに外歩きを重ねて外食をし味の研究に余念がないような所謂グルメではまったくないから、安くて美味けりゃそれでいい。そう考えるようになって結局行きつけの飲み屋でビームハイボールを飲み続けている。


 僕が通う飲み屋のビームハイボールは安い。一杯200円だ。しかもこの店はつまみに駄菓子も出してくれて、駄菓子でビームハイボールをジョッキで飲むなんて安酒の極みである。安酒の極みであろうと、ビームハイボールも美味いし、駄菓子も美味い。それ以上は求めないからまたビームハイボールを飲みに行く。長い時には仕事のあとすぐ向かって6時間ぐらい飲んで家路に着く。よく考えれば6時間といえば1日の4分の1である。8時間働いて、8時間寝るとすると、あとの残り2時間で、出勤だの歯磨きだの着替えだの朝食に昼食すべてのことを行わなければならない。なんだか忙しいと思った。


 6時間飲むことはやぶさかでないものの、6時間飲むと何が良くないかと考えると、へべれけに酔うことだ。飲んだ後に何度もあるが、タクシーに乗る気もせず、またはじめから乗る金もないから、1時間ぐらいかけて徒歩で帰宅することがある。その夜は住宅街を気分良く歩き、自分は至極真面目に真っ直ぐ歩いていたが、突然、何か硬いものが体全体にぶつかって吹き飛ばされて気付けば夜空を見上げていた。何が起きたかわからず、硬いものに激突した体の前面の痛みと地面に着地した体の後面の痛みを感じつつゆっくり立ち上がると目の前に大きなものが立ちはだかっていて電信柱に真正面から激突したのであった。夜道で、いてー、と呟いて気恥ずかしく再び歩き始めた。幸いどこにも怪我はしていないと思ったのでまた歩き出した。


 吹き飛んだ腹いせに夜中までやっている蕎麦屋に足を伸ばすことにする。店は狭くて汚いが、店主はこちらに構わないし客は少ないし蕎麦はうまい。15分ぐらい夜道を歩いて、着座し注文し着丼。鴨南蛮そばをたぐりながら缶ビールをすすって上機嫌だ。店には、2つ席を空けて同じような酔っ払いのおじさんが1人座っている。カウンターの向こう側でなんとなくついているテレビを眺めつつビールをすすっていると、そのおじさんが店主に絡みはじめた。
「この蕎麦はぼそぼそや!やる気あるんかこの店は!」
呂律がかなり怪しい。
「お客さん!うちの蕎麦は冷凍やからね!文句言われても困るわ!」
 返刀で反撃にあったおじさんは恐縮して、そうかぁと言うて帰っていった。引き際や良し。それにしても店主の潔さ。冷凍の蕎麦を冷凍の蕎麦やと言うて夜中に出してくれる店ってええなぁと思って、再び夜気を浴びながら僕も帰った。京都で夜中に冷凍の蕎麦を食いたくなったらご連絡ください。


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