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リバースメンター

 数年前から「あれ?」と思っていたのだけど確信に至らずにいた想定が、昨日「やっぱりそうだったのか」と思った話。

 自分が20代、30代のころに売れっ子として雑誌で大活躍していた美容室の担当さんたちは、そのまま順当に店長クラスあるいは独立してオーナーになっている現在。要するに自分もその人たちと一緒に年を重ねていった。少し前に長年通っていたサロンとテイストが合わなくなってから、ときどき右往左往しつつほぼ戻っていくサロンがある。老舗の有名店で、店長さんを指名して担当していただいている。んだが、たまに他に行く理由が「デザインやスタイル、トレンドをキャッチアップしていない気がする」というものだった。

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 カット技術だのテクニカルな面はもちろんすでに熟達者であられるので、店長クラスであればどこのサロンでも素晴らしいものがある。お客あしらいについてもだ。けれど、やっぱり何か古いというか、もうその方の固定した体験からくる流れを追っているように見えてしまうのだ。少し前にロングヘアをあきらめた経験があるが、そのときに「もうこれで最後になるのだから思い切って自分が本当に望むデザイン、トレンドを追ってからやめよう」と思った。そのときにInstagramに出しているヘアデザインのほとんどが理想だった若いスタイリストを指名して2回ほど通った。

 このとき、デザイン・スタイルは本当に理想どおりだった。一方で、「えーっ、こんなふうに切るの?」という驚きが結構あったのは、これまで本当に熟達者の方ばかりに担当されていたからだと思う。若いスタイリストたちは、追求するスタイルのために斬新な方法を躊躇なく選んでいる気がした。しかし本当に客あしらいがひどく、最終的に「こんなにひどい扱いをされてお願いして切りにくるのはごめんだ」と思って終わった。けっこうこれは痛い記憶として残っていて、この若く人気絶頂のスタイリストにしてみたら客を自分が選ぶという考えだったのだと思う。私の年齢や容姿などが彼女が顧客にしているモデルのような若い美女たちと違うことは、彼女の美意識からして許せなかったのかな、と思った。

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 昨年終わり頃に、いつも通っていたサロンで店長にカットしてもらったのだが、なにか違う。カット自体のスキはなくて見事な技術だなと素人目にも思ったが、自分がなりたいスタイルとはかなり違って、「これで1ヶ月過ごすのきついな…」と思って、翌日には別のところで直してもらったのだ。ただ、そこでも熟達の担当者であったが、どうにも違う。なんでなんだろう。ホスピタリティも申し分ないし、長年有名サロンで腕を磨いてきたことに変わりはない人たちなのに、どうしてこうもデザインがフィットしないのか?

 2ケ月我慢して、短くなり過ぎた髪を伸ばした。そしてInstagramをひと月ほどチェックしまくって、どのスタイルも標準して自分の希望するものを満たしている方を指名して初訪問してきたのだ。これは勇気がいる。だって、前回の数万人のフォロワーを抱えた若い女性スタイリストに随分見下されてみじめな思いをしたので。。ともあれ、予約時点で機械的自動返信のそれぞれが、まだ客の方を向いていることが感じ取れるシステムだったので、勇気を発動しつつ、もっと言えば今度こそ希望どおりのスタイルにしたいという熱い願いのもと行ってきたのだ。

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 大抵Instagramでとても腰の低い感じのキャプションの方でも、実際に対面すると男女ともに「俺様」のスタイリストが多い。昨日も初見は少しビビった。結構押しが強くてしゃべってくるな、と。しかし、昨日私はついにすべてが分かった気がする。

 彼はとにかくずっと話をしていた。でもそれを彼は「必要なこと」として話した。ショートヘアでInstagramを介して自分のところに新規で来るお客さんというのは、大抵どこかで失敗して直してほしいとしてくる。ということは、いろんな角度から理想を吟味して、自分が求める何かがはっきりしている人だということと、目が肥えているので厳しいということ。一方で、直してほしいという段階ですでにどこかでカットしているため、「このシルエットが絶対に必要なのだがすでに短く切られていて実現することができない」という現実的問題を一緒に伴っている。にもかかわらず、「写真とちがった」とされないように、「ここを実現するにはあと2センチ欲しい、いま足りないからこういう結論になる」などを、丁寧にしっかり話して理解してもらわないと自分の腕前とは違う観点で齟齬になるから、と言った。

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 私の場合も、2ケ月ひたすら我慢したものの、前回がかなり短くなっていたので同様の説明を細かくされた。そして、この方も私が見たことのないカットの仕方をしていって驚いた。

 「自分は打ち出しとしてショートヘアを挙げているから、ほとんどのお客さんがショートヘア。ずっと切っているともちろん飽きてくる。だから勉強して考えて、飽きないようにする努力を一日中している。お客さんの方でも新規の方は好みがわからないのでなるべくヒアリングをするんだけど、大抵『任せたい』と言われる。それは、Instagramに載せてる写真のある程度、好みの価値観なんだと思う。だからそこから先は、その人の髪質、骨格、肉付き、肌の色、目から下の顔の面積とか、そういったことからバランスするスタイルをつくっていく」とのことだった。


表参道のスパイラルカフェで

 たとえばだけど、私はとにかくシルエットを満たしてくれたらぶっちゃけカット技術が多少未熟でもいいタイプだ。そのシルエットというのは、ショートでいえば後頭部の丸みがきれいに出ていて、頭頂から流れる髪の額部分における毛量がきれいにバランスしていることなど、なんだけど、後頭部の丸みを出すには、その人の頭の骨格にそって毛が流れていくことが前提で、絶壁なのであればある程度の長さを持たせつつうなじ部分の短い切込みによってデザインの力でつくるものになる。

 たぶん、そういう「見た目」を重視してカットするというのは今の若い子の方が断然にたけているのだ。おそらくそれは、彼らがSNS世代だから。ずーっと見た目を、外からどう見られるかを重要視してきたことで育まれたものだと思う。

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 結局自分は、まだ幾分長さが足りなかったりして、思い描いていたバランスを100%は実現できなかった(と担当した方が言った)のだが、もうかなり満足した。そして、そうか。美容師だけじゃなくてどの仕事においても、これまでこうやってきて、その過程でどれだけ努力して実力をつけてきた。という事実が自分たち世代には糧としてあり、あぐらをかいているとは絶対に言えないんだけど、「方法論」みたいなものをいつの間にか自分でつくりだしてそこから外れることを受け入れられなくなっていることがあると思う。

 若い美容師さんたちの斬新なカット技術を見ているとまさにそう思う。こんなの私が美容室の店長だったら認めたくない手法だろうな~と思う。仕事でもそういうことってあるはずなのに、当事者でいると気づきにくかったりする。なぜならそれを、誰も面と向かって言えないから。

 そんなわけで昨日、美容師さんと話していて体感したのは、上手にやれる技術の熟達者に安住するのではなく、やっぱり若い世代を見習うことは必要なんだということ。彼らは恐れることなく新しさを受け入れ、つくっている世代なのだから。

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