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ぼくの美しい人だから

「ぼくの美しい人だから」。グレン・サヴァンの処女作に与えられた感性を揺さぶる日本語タイトルだ。原題は「White Palace」、物語に登場する実際のハンバーガーショップのチェーン店名なのだが、それだけに留まらずある種の暗喩が込められている。しかし、暗喩を理解するのには、実際のショップを知らないと無理があるため、日本語タイトルは極めて秀逸で実に優雅である。

結構なボリュームのある古い文庫をアマゾンで仕入れたのには理由があるようでなく、夏あたりからアメリカの80年代(もっと古いものもある)の小説を買い集めていて、巻末に掲載されている既刊本の紹介から気になった作品を数珠繋ぎで購入しているのだ。冒頭の「ぼくの美しい人だから」もその流れで我が手元にやってきた。

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この作品の濃厚な味わい深さを読者に与えるのに貢献しているのは、何よりも翻訳の巧さによる。つくづく翻訳というのが、ただ語学を変換するのではなく、訳者による意図を理解したうえで作品世界にもっともふさわしい日本語世界を展開できるか?という技量にかかっていると感じさせられた。そして、それを理解するには巻末の訳者による解説を読めばわかる。

要するに本作が不朽の恋愛小説として今も燦然と光を放つのには、もっとも基本の恋愛小説の、男と女が出逢い、恋をしてすったもんだが起き、その後別れるあるいは共にやっていく決心をする、という顛末を追うだけのものから一歩進んだものだったからである。

その恋愛を通して女は現状を打ち破るために成長を果たし、そんな女に男は変わることを決意させられて行動に移していく。そうなのだ、惚れたはれたを通して二人の性も生まれも育ちも何もかも異なる人間同士が、変化して成長することで新たに生まれる可能性というものを読者に提示したのだ。念のため結末は伏せておこう。

とにかく最後まで予想などできない、生ものの人間の変遷がみずみずしく描かれている。大学生のときに人に薦められてもきっとわからなかった。今この作品に出逢えたことが実に素晴らしい邂逅だった。

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