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《連載:言葉の森で踊りけむ④》楽しむために戦う、戦ぐ

昨年の4月、テレビで東京スカパラダイスオーケストラ(以下、スカパラ)を観て「スカパラのライブ楽しそう!」と思い、うかつに6月にzepp ダイバーシティで行われるライブのチケットを取った。

当日はうんざりするほどの土砂降りだった。会場の設計上、基本的には外で待機となるため、開場前は「外で待機させたいスタッフ」VS「なるべくモール内に留まっていたいファン」のせめぎ合い状態だった。

2日ある公演のうち、この日のチケットを取ってしまったことを少々後悔しながら、整理番号が呼ばれるのを待った。

ステージが始まった。

バリトンサックスの谷中敦さんがオープニングMCで「たたかうように楽しんでくれよ!」と叫んだ。その瞬間ハッとさせられた。

「たたかうように楽しむ」

楽しむという行為は、「楽(らく)」して手に入れるものではなく、「たたかう」ほどの覚悟がなければ、心底楽しむことはできないものなのだ。私は私の人生をそれほどの覚悟で楽しめているのか?

思いがけず良い言葉をもらったと思って、家に帰ってすぐに手帳の6月28日の欄に「闘うように楽しむ」と書き込んだ。

ちなみにライブの内容はというと、今までスカパラを「カッコいい人たち」の認識はしていたけど、ちゃんと見てこなかったが、その理由が分かった。

「ちゃんと見たらハマるやつだ…」

その後、スカパラが「風に戦ぐブルース」をリリースした。「戦ぐ」は「そよぐ」と読む。作詞をした谷中さんのインタビューによると、「戦」という字で「そよぐ」と読むことを知り、タイトルに使ったという。 

この時にはたと気づいた。

「たたかうように楽しんでくれ」と言っていた時の「たたかう」は「闘う」ではなく「戦う」の方だったのではないかと。

そもそも「戦う」と「闘う」ではどう違うのか。

検索してみる限り、「戦」の場合は明確な勝敗がつく物理的な争いを指し、一方「闘う」は「闘病」などのように、困難に打ち勝つ(打ち勝とうとする)意味があるようだ。

「戦」という字は、甲骨文字では左側の「単」は「盾」を表し、右の「戈」は「矛」を表す。守りの「単(盾)」と攻撃の「戈(矛)」が組み合わさってできたのが「戦」という字だ。そして、一説には、戦で兵たちが恐れおののき、震える様子から「戦(そよ)ぐ」の意味もできたという。

「たたかうように楽しんでくれ」

谷中さんはどういう思いでそう叫ぶのだろうか。己自身の何かと葛藤した上で楽しもうとするのか、楽しみたいのにそれを阻む何かから克服するために「闘う」のだろうか。

あるいはライブはアーティストと観客の一種の戦、「自分たちも本気で演奏するから、お客さんも本気で向かって来いよ!」という思いからだろうか。

そんなことを考えている時だった。YouTubeで過去のライブ映像を観て「カッコいい!!」と思った私は、同様の感想を見て「激しく同意!!」と思いたくて、コメント欄を見た。そこにはこんな風に書かれていた。

「この曲には〇〇さんがいでほしかった」
「〇〇さんがいた頃が良かった」

既に亡くなった、あるいは脱退したメンバーを惜しむコメントだった。

あぁ、スカパラはこういう声とも戦わなきゃいけなかったんだな…。そう思った。

ずっとスカパラは「インストがメジャーではない日本でインストバンドとしての地位を確立する」戦いをしてきていたのだと思っていた。もちろんそれもあるだろうが、それと同時に、変わりゆく姿を、変わらないでほしいと願うファンに受け入れてもらう戦いもしなければならなかったのだ。

いつもスーツ姿でカッコよく、余裕綽々で、楽しそうに演奏しているイメージだったが、その「楽しそうに演奏」するために、その場所を守るために戦っていたのだ。そう思うと、あの時聞いた言葉がもっと重い意味を持って聞こえてくる。誰よりも「戦うように楽しんで」いたのは、他の誰でもなく、ステージに立つ彼ら自身だった。

そう思うからこそ、35周年イヤーを飾る甲子園球場でのライブ「スカパラ甲子園」で、開演前、いつ雨が降り出してもおかしくない曇天の中で「東京スカパラダイスオーケストラ」の黄色いフラッグがはためいていたのを見た時に、無性に涙がこみ上げてきた。

スカパラ甲子園ではためくフラッグ

そういえば、「戦ぐ」ためには土台がしっかりと固定されていないといけない。風に戦ぐ旗にしろ草にしろ、しっかりと土台が固定されて揺るがないからそこ、しなやかに戦ぐことができる。そうでなければ、途端に吹き飛ばされてしまう。

甲子園球場で力強くはためく黄色い旗は、どんな逆境にだって揺るぐことなく立ち続ける彼らの決意を叫ぶようにいつまでも風に揺れて、「東京スカパラダイスオーケストラ」の名を、地上にいる私達に、果てなく続く天に向かって示し続けていた。

そうして始まった「スカパラ甲子園」ライブ。4万人の観客を前に演奏する9人の姿は、戦うようで、戦ぐようで、楽しんでいた。


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