本を美味しく味わう話~宮田ナノ『ハラヘリ読書』
やすこさんへ
前回のお手紙で『和菓子のアン』の世界に魅了されてすっかり和菓子の口になってしまったやすこさんの様子を見て、「まさに”ハラヘリ読書”だ!」と楽しくなったので、今日は宮田ナノさんの『ハラヘリ読書』を紹介します。
作者の宮田さんは、気に入った本を噛み締めるように何度も読むタイプの読書家。中でも本の中の『食べ物の描写』が大好き!というわけで、これは一冊丸ごと、古今東西のエッセイや小説に出てくる『食べ物』をテーマにした本です。やすこさんも絶対好きだと思うな。
私が特に印象深かったのが、宮田さんが『森茉莉語』と名付けた、森茉莉の使うカタカナ語の表記。
たとえばグラニュー糖はグラニュウ糖、フランボワーズはフランボワァズと書くのが森茉莉語。中でも作者のお気に入りは『シュウクリイム』で、こう書くと『シュークリーム』よりクリームがたっぷりパンパンに詰まっている感じがするのだそう。
生粋のお嬢様育ちである森茉莉の優雅な印象と相まって『圧倒的にエレガント』な森茉莉語を使うと、世界が耽美になる。ということで、ファミレスでドリンクバーのアイスコーヒーを飲むときも
「これは、ドリンクバァのアイスコオヒイ」
と、森茉莉ごっこに興じる作者は楽しそうで、私も今度やってみよう、という気になります。
『クリィムソオダ』『スゥプ』『ゼリィ』なんてね。
外来語のこういう書き方、昔の本を読むとよく出てきたけど、確かにこれだと同じものでもなんとなく特別感があって、より美味しそうな感じがしたなあと思い出しました。
実は私もその手の表記で昔から大好きなのがあって、それは『バタ』。多分なにか翻訳物の児童文学で読んだのだと思うんだけど、『パンにバタを…』と、『パンにバターを…』とでは全然印象が違う。『バタ』の方が格段に美味しそう!こっくりした味わいがある、と思っていて、いまだに冷蔵庫のバターを見るたびに心の中で『バタ…』と独り言ちてます。森茉莉語の原則から言ったら『バタァ』になるのかな? でも、それだとベッタリしちゃって美味しそうじゃないのよね。ここは『バタ』で言い切りたい。
他にも内田百閒の『お茶漬けさぶさぶ』という絶妙すぎる擬音、森見登美彦作『夜は短し歩けよ乙女』に出てくる黒髪の乙女に憧れてラムのカクテルを飲む話、平松洋子がはじめてライチを食べたときのシズル感たっぷりの文章など、読んでるだけで涎が出そうな話が満載なんだけど、一方で豪快なお料理失敗話や、本の中の丁寧(すぎる)な朝食を真似しようとして、ついていけずに力尽きるエピソードなどもあって、お料理下手で雑な人間としては、そんなところでも心なごみます。
この本に出てきた食べ物を食べるも良し、出典となった本を読むも良し。
いろんな楽しみ方ができる、美味しい一冊。よかったらどうぞ召し上がれ。
2024年9月13日
かおりより
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