見出し画像

不安はいつだって隣にいた


急に落ち込みの波がぐっと来た昨夜。

それはこのご時世だからなのか、仕事を辞めたからなのか、体調が理由なのか、思いつく原因は山ほどある気がする。
それでも毎日変わらずに1日は24時間流れているし、生きているだけでお金は減るし、不安に感じたって絶望的になったって朝はいつもやってくる。

そんな日は急に、いろんなことが嫌になってしまう。
急にやさしくできなくなったり、そうなると人に会いたくなくなったり、どんどん気持ちがわかりやすく沈んでいく。

いろんなことが制限されている状態だから、いろんなこと諦めてしまいがちになる。

そして沈んだ気持ちは、その諦める気持ちに拍車をかけていく。
「だって」「しょうがない」
そんな言葉が頭の中に浮かんでしまう。

気持ちが折れそうになることもきっと、これから先たくさんあるだろうな。
この状況から抜け出せても、絶対やってくる。

こんな状況だからしょうがないよねって、自分のこと納得させるのはきっと簡単かもしれない。
だけど、そうやって納得しながらいろんなこと諦めてしまったら、これからもいろんな「納得できる理由」を探しながら生きていきそうな気がしている。

「諦める」んじゃなくて「選びなおす」。

そうやって、心が折れないように。
苦しいことだとしても、逃げ出さずに自暴自棄にならずにちゃんと考え続けたい。
もう嫌だぁ、そんな風に投げ出すのは一番簡単な選択肢なんだきっと。


いろんな思いを抱えている人がきっとたくさんいるはず。
ばかやろーって、悲しんでいたり、怒っていたり、落ち込んでいたり。
本当にいろんな思いがあるよね。

毎日、心を支えることにめいっぱいな気持ちになりながら生きている。

それでも普段気付かないだけで、不安な気持ちはいつだって隣にいたはずだった。
全く不安のない人生なんてないんだから、うまく付き合うとか、うまくやれない日はちょっと明日にまわしちゃうとか、自分のこころが前を向けるように生きていきたいね。

ここから先は

0字
普段は客観視して書いているnoteだけど、このマガジンでは主観的にてお届け。簡単にいうと、わたし自身の内面部分や日記みたいなもの。だれかの頭や心の中を覗いてみたい方、お招きします。

(非)幸福論

¥500 / 月

「幸福論」と向き合うためにも、「そうじゃない部分」からも目をそむけるわけにはいかない。 「不幸」ではしあわせが足りていないことになってしま…

サポートありがとうございます! とても励みになります( ¨̮ ) いただいたサポートは、今後のnoteに生かすための経験や他のクリエイターさんへのサポートに回していきます。 note内でやさしい循環を築きたい。