ライフリストに入れてしまいたい思いを抱えて
バケットリストって聞いたことがあるだろうか。
日本語にするならば、『人生でやりたいことリスト』といえるのかな。
そんなバケットリストを密かにつくっていて、101のバケットリストを完成させたいと思っていた。もはやバケットリストを完成させることがまず「わたしのやりたいこと」といえるような状況だった。
そんな時に出会った1冊の本に準えて、いま友人とバケットリスト作成ごっこをしている。
この本には、「ライフリスト」と書かれているので、ここからはライフリストと書いていきたい。
その本に書かれていたことは、ライフリストには2種類ある。
「Takeリスト」と「Giveリスト」のリストだ。
「Takeのリスト」は自分の人生において達成したいこと、「Giveのリスト」はそのTakeのリストに対しての具体的な行動と、他の人にしてあげたい具体的な行動のことだった。
やりたいことを書き出したり、自分で認識するようなワークは結構いろんなところで見かけるけれど、そのための具体的な行動まで考えたことがあまりなかった。
なんとなく、ふわっと考えてみるものの結局そのままになってしまったり、リストを作ったことに満足したり。結果的に達成できたものもあれば、そういえばこんなこと考えていたなぁなんて思う始末。
だけど、この本に書かれていることとしてはそのリストの「Giveリスト」で毎日できることを探していくということだった。
そうなると、毎日リストを見ないといけない。必然的に自分の言葉への責任みたいなものも生まれるだろうし、行動も伴ってくる。
そして、そのリストに関しても書き換えてもいい。むしろ行動した先に見えてくるものがあるからこそ、書き換えていくことが通常なのだろう。
家の中で過ごしたり、海外に行けないなど制限がかかっている状況だからこそ、自分自身と向き合ういい機会なのかもしれない。
いまの状況が落ち着いた時、改めて買い物ができたり、海外旅行ができることが当たり前じゃないんだなぁと実感できるはずだから。
そんな当たり前じゃない日常を、これから先どんな風に生きていきたいのかなぁとこんな時だからこそ考えたい。