トレーニング のススメ①~なぜ鍛える? トレーニング の意義~
目次
1. はじめに
2. ぶれない姿勢のための"意義"
3. 有名人の意外な"意義"
4. 須磨聖人の"意義"は実は後付け
5. おわりに
1. はじめに
こんにちは。須磨聖人です。今日は トレーニング に関する話題です。これからトレーニングに関する記事も少しずつ出していこうと思います。
雑誌TARZANの一般人コーナーに載ったこともある僕。
トレーニングはずっと続けています。
トレーニングをすると、人生にプラスの効果が盛りだくさん!
最高の自己投資の一つだと思っています^ ^
今回は皮切りに,トレーニングについて記事を書いていきたいと思います。
2. ぶれない姿勢のための"意義"
古くさい思想かもしれませんが、会社経営には、ビジョンがあります。
上層部が「とにかく頑張れ。誠心誠意、全力で。絶対必注ッ!」と言っても、社員は目的地がわからないと、どのように頑張ればいいのか分かりませんよね?結果として、余計なハコモノや制度を増やして、迷走してしまう。
人生にも夢があります。
資格ゲッターになったり、転職をやたらと繰り返したり、どうなりたいのかが見えていないと、努力が散逸してブレてしまいます。
同じように、トレーニングにも目標があります。
何のためにトレーニングをするのか。
身体の見た目を大きくしたいのか引き締めたいのか。
瞬発的な動きができるようになりたいのか、力持ちになりたいのか。
姿勢を良くしたいのか健康でいたいのか。
目標のないトレーニングは、ブレます。
プロテインを飲んでみたり、食事制限をしてみたり、パーソナルトレーナーを付けてみたり、ジムに入会してみたり、ランニングをしてみたり。
あれこれ手を出して、どれも続かない。
すると、
「トレーニングって続かないな。面白くないな。」
と思ってしまい、御多分に洩れず、いつもの自分に戻る。
何のためにトレーニングをするの?
「自分は◎◎になりたいから!」
これが大事だと思うのです。
目標が明確であれば、やるべきことが少なくなります。
少ないことに自分の時間を使えるので、成果が出やすくなります。
すると、
「トレーニングすると自分が変わる!楽しい!」
となり、続きます。
そうしているうちに、トレーニングが習慣になり、生き方になります。
3. 有名人の意外な"意義"
多くの有名人はトレーニングをしています。
数え出したら枚挙にいとまがないです。
そして彼ら・彼女らが鍛える理由も様々です。
しかし、意義を持って鍛えている人は、トレーニングが続いている印象を持ちます。
中でも僕が好きなのは、ダウンダウンの松本仁志さんの意義です。
NAVERまとめからの引用ですが、その意義とは、
「守らなきゃいけないものが俺にはできたから」
というもの。
男として強く共感します。
男女平等の世の中ですが、それは、「男も女も同じことをしろ」ではないはずです。
「それぞれが持つ特性を生かしていく」ということだと思っています。
すると、力の強い男性は、力の弱い女性よりも「守る」ことができます。
松本さんの意義は、本当に男らしいですね。
4. 須磨聖人の"意義"は実は後付け
僕、須磨聖人は、高校時代のバスケ部の練習メニューの一部で筋トレをしていた頃から、かれこれ20年ほどトレーニングを続けています。
もっというと、小学生の頃からバスケをしていたのですが、
「高く跳びたい」
との一心で、段差を利用して踵上げを毎日やってジャンプ力を20cm伸ばしたことが出発点です。
それは置いといて。
高校時代から続けているのですが、特別な理由はありませんでした。
高校時代は、練習だから仕方なくやっていたのです。
むしろ、僕は背を伸ばしたかったから、余計な筋肉は付けたくなかった。
だから、高校時代の筋トレはサボタージュ気味。
まあ、その延長で大学でもトレーニングをやるようになりましたが、ふと思ったんです。
「いざという時に動ける人間でありたい」
と。
それからは、トレーニングに一本の芯が生まれました。
鍛え方が特化していったんです。
そうすると、自分の体が目的に合った方向に変わり始めたので、楽しい。
整形手術とかじゃなくて、自分のトレーニングによって、身体の形と機能が変わっていくんですから。
言うなれば、変身です。
特別な自分に昇華していくような感覚でした。
偉そうに語っていますが、僕の場合は後付けなのです。
後付けでもいいのです。
後付けの意義を持っている自分でも、よく知る人からは、
「首から下は別人」「変態」「人間じゃない」
などと言われるほどになりました。
体重あたりの筋力も、常人の倍ほどになりました。
例え後付けであっても、意義を持っていると続けられるのです。
続けられると、成果につながります。
5. おわりに
熱っぽく語ってしまいました。
松本仁志さんの話もそうですが、僕の周りでも意義を持っている人は、トレーニングが習慣になっています。
つまり、続いています。
トレーニングが好きとか嫌いの次元を超えて、習慣になっているのです。
そこには、人からの受け売りではない独自の意義があります。
「健康にいいって言われたから」
「彼女に痩せろって言われたから」
という、他人からのインプットではないのです。
自身が納得する意義に背中を押してもらえているので、意識せずとも長く続けられるのです。
これからトレーニングを始めようと思っている人、すでに始めているけれども何となくマンネリ化している人、色々な状況の人がいると思います。
ぜひ、意義を持ってトレーニングを楽しんで欲しいと思っています。
須磨 聖人