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「恋」 をするって


昔から恋愛に対して逃げ腰だったと思う。


学生時代、デート紛いの外出を積み重ねた人は何人かいた。

どの相手の時でも互いにそれをデートと呼ぶことは無かったけど、周りの友人には「それってデートでしょ?」と持て囃されることもあったし、この人は私に何らかの形で好意を持ってくれているのだろうなと感じる瞬間もあった。


実際、何度目かの外出の後に告白してくれた人もいた。クリスマスイブに誘ってくれて、告白しようとする素振りを見せていた人もいた。

私はそれを断り、はぐらかしてきた。

向けてくれる好意に私自身満更では無かったと思うし、全く意識していなかったと言えば嘘になると思う。

それでも土壇場で逃げ回っていた私は、周りから見れば不誠実だっただろうし、私自身振り返ってみてもそう思う時がある。


でも、怖かったのだ。


緩やかに進んでいく関係性に名前を付けること、そして何かが変わってしまうこと。
それがどうしようも無く怖かった。ぬるま湯のように心地よい時間を手放したくなかった。

名も無い、形が定まらない関係は、失うものは何もなく、ある意味とても安心できるものだ。

でも、それに明確な定義付けがされてしまったら?
お互いに向ける意識、周りからの認識は確実に変わるだろう。
明確な距離感が定まることで、互い今まで知らなかった部分が見えてくることもあるだろう。

正直、私にはその全てが怖かったし、その変化に対する覚悟なんて微塵も無かったのだと思う。


きっとこの恐怖に向き合ってでも掴みたいと思える想いに出逢えない限り、私には恋愛は無理だ。


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