
バードウォッチング【ヤンシナ一次通過】
人 物
渡来こずえ(33)バードクリニック獣医
鳥元咲子 (34)かもめコーポの住人
渡来慶悟 (30)こずえの夫
大原 翼 (37)人気カメラマン
鮫島晴子 (21)かもめコーポ住人・妊婦
柿田 (40)かもめコーポの住人
堀 (29)かもめコーポの住人
佐伯 (50)かもめコーポの住人
高木 (21)クリニックのアルバイト
実 (64)咲子の父
和枝 (62)咲子の母
優子 (58)こずえの義母
諒也 (8)
紬 (6)
他
【あらすじ】
渡来こずえ(33)は、鳥専門クリニックの獣医。サービスで始めたバードホテルが好評で、居住スペースが奪われつつあり、夫の慶悟(30)は、自分の会社の社員寮への引越しを提案する。
社員寮かもめコーポは、クリニックと同じ地域にある。鳥を飼う世帯が多く、ベランダに鳥かごを吊るし、鳥たちが日光浴する光景は、かもめコーポの風物詩だ。
結婚して三年、子どもに恵まれない事を悩むこずえに、慶悟はごく自然に、子どもが産まれたら、このままクリニックに住むのは狭いと言った。その言葉に希望を感じたこずえは、かもめコーポに引越すことに決める。
コーポの住人たちは、こずえのクリニックのお得意様だ。こずえは長年、バードフードを研究し、クリニックを訪れる鳥たちに、特製フードを配布し商品化を目指している。 ネット販売開通まであと一息と言う頃、コーポの住人でリーダー的存在の佐伯の退寮が決まり、こずえも丁重に別れの挨拶を済ませる。
連日睡眠を削り、仕事に没頭するこずえの元に、住人・鳥元咲子(34)の子の諒也(8)が、佐伯の見送りの時を知らせに来る。仮眠から覚めたばかりのこずえは、今すぐには出られないと返答。翌朝、咲子に詫びるが、咲子は 住人全員で見送ったと冷たい口調。それ以降、咲子のこずえに対する態度が変わる。
クリニック前で利用者と大声で雑談したり、研究を重ねたバードフードを一粒ずつ数えて調合を調べたと挑発的に言い放ったりする咲子に、恐怖を感じ始めるこずえ。
そんな折、クリニックに、かもめコーポの謎の住人・鮫島晴子(21)が訪れる。臨月の晴子は、コーポの住人の予定を全て把握して行動していると言い、咲子がSNSにフードの調合をアップしている事もこずえに教える。
クリニックの利用者が激減する中、義母・優子(58)が飼うハナの様子がおかしいと、こずえのクリニックを訪ねて来る。
【シナリオ本文】
○こずえバードクリニック・お預かりルーム
渡来こずえ(33)、インコのピピを移動用ケージに移す。
こずえ「ピピちゃん、お返ししますね。これクリニック特製フードです。宜しければお持ち帰りください」
と、鳥の餌の入った袋を渡す。
柿田(40)、嬉しそうに受け取る。
柿田「ありがとうございます。最近ピピちゃん、良い声で鳴くんです。このフードのおかげじゃないかしら」
ピピ、綺麗に囀る。
柿田「はーいピピちゃん、お家に帰りましょうね」
〇同・同
こずえ、PC作業の途中で眠ってしまった様子で寝息を立てている。
渡来慶悟(30)、優しく肩を揺する。
こずえ「(寝ぼけて)んーっ、ふあぁ……」
慶悟「こずえ、部屋、移動しよう。な?」
こずえ、半分寝ぼけて起き上がる。
壁の一面に、十数個の鳥かごが並んでいる。
慶悟「こんなにケージに囲まれてさ、休憩できてるの?」
こずえ「鳥ちゃんたち、全員、飼い主さんとお家に帰ったから、大丈夫だよ」
慶悟「だけど、休憩用のソファベッド、撤去しちゃったからさ、俺が座る場所も無いし」
こずえ「ごめん」
慶悟「ま、良い事だよな。動物病院の追加サービスで始めたペットホテルが好評で、どんどんケージを増設」
こずえ「さすがにこれ位でマックスだね」
慶悟「こずえ、うちの会社の社員寮の話、考えてくれた?」
こずえ、バツが悪そうな表情になる。
慶悟「鳥専門とは言えさ、クリニックと住居が一体化しちゃってて、このまま行くと、居住スペース無くなるかも」
こずえ「ごめんっ、元私の研究室だった此処が、ほぼペットホテルになっちゃった分、慶悟くんの居住スペースが奪われてるよね」
慶悟「(慌てて)いや、それは良いんだ。それに、そろそろ子ども」
こずえ「(ドキッとして)あ、そう、だね」
慶悟「子どもが産まれたら、やっぱりもう少し広い方が良いだろ?」
こずえ、目を丸くして慶悟を見つめる。
こずえ「子どもが、産まれたら?」
慶悟「(ごく普通に)うん。だろ?」
こずえ「そう、かも。あっ、子どもが鳥たちに何かしちゃったら大変だなぁ」
慶悟「赤ちゃんは元気だからね」
こずえ「(嬉しそうに)だよね」
慶悟「産まれてから考えればいいんだろうけど、その頃、社員寮に空きがあるかわかんないし」
こずえ「社員寮に住むなら、此処と同じ地域にある、かもめコーポがベストだよねぇ」
慶悟「ここから走れば5分、いや3分」
こずえ「いや結構な坂もあるよ」
慶悟「じゃ、改めて検討して貰えたら嬉しい。今日明日じゃなくて大丈夫だから」
こずえ「慶悟くん」
慶悟「ん?」
こずえ「私かもめコーポに引越す!」
慶悟「え、良いの?」
こずえ「うん。慶悟くんが、今後の事、色々考えてくれてたのがわかって、嬉しい」
〇かもめコーポ・外観
じゃばら門で歩道と区切られた敷地。広い中庭の周りにアパートの棟。
駐車場と駐輪場も見える。
こずえと慶悟、散歩から帰った感じで、じゃばら門を開け、敷地に入る。
〇同・中庭
鳥を飼う世帯が多く、ベランダのあちこちに鳥かごを吊し、日光浴させている。
慶悟「さっそく見れたーっ。この街の風物詩、かもめコーポの、鳥たちの日光浴!」
インコ系の鳥たちがさえずる。
こずえ「2階のあそこと3階のあそこの鳥ちゃんは、うちのお得意様のピピちゃんとシロちゃん。あれ、あの部屋、ピー太くんかな。みんな元気そう」洗濯を干していた柿田、こずえたちに気付き手を振る。
柿田「(2階から)こずえ先生! こんにちは」
こずえ「こんにちは」
慶悟「妻です」
柿田「えーっ、そうだったんですか?」
こずえ「先週から此処にお世話になってます」
と、希望に満ちた表情で、見上げる。
こずえ(N)「結婚して3年。子どもが出来ない事を心配している私と違い、慶悟くんは、『子どもが産まれたら』って言った。此処かもめコーポには、きっと、子どもとの生活という明るい未来がある」
メインタイトル「バードウォッチング」
〇同・表・ゴミ置き場(朝)
こずえ、ロッカーの扉に鍵を掛ける。
鳥元咲子(34)、自転車で来る。
こずえ「鳥元さん! おはようございます」
咲子「おはよー。そっかぁ、こずえ先生、今月班長なんだ」
こずえ「はい。鳥元さん、もしかしてブックボランティアの帰りですか」
咲子「(機嫌良く)そうなのよ。今ね、ボランティアの数が足りないんですって。先生から、他の学年も担当してくれないかって、頼まれちゃった」
こずえ「鳥元さん、期待されてるんですよ。 あっ、ごめんなさい。今、門開けますね」
と、急いで重いジャバラ門を開ける。
咲子「ありがとー」
と、自転車を押して入る。
〇同・301号室・前
外階段を上がって来たこずえ、ドアホンを押す。
こずえ「渡来です」
佐伯(ドアホン)「はーい、どうぞ」
〇同・同・ダイニング
数人の子どもたち、諒也(8)、直也(4)、紬(6)、遊んでいる。
咲子、柿田、堀(29)、楽しげに会話。
佐伯(50)、こずえを連れて入る。
佐伯「いらっしゃい。どうぞ。入って」
こずえ「おじゃまします」
佐伯「皆さん、こずえ先生来ましたよ」
咲子たち一同「こんにちは~」
こずえ「こんにちは。あの、これつまらない物ですけど。落雁です」
佐伯「ありがとう。わぁ、細かい模様で素敵」
皆、次々自分の手土産をアピール。
柿田「佐伯さん、これもどうぞ。竹筒羊羹。本物の竹を使ってるの」
堀「こっちは青山の生ドーナツです。今日は三十分並んだだけだったから、超ラッキーです」
こずえ「皆さんグルメですね。美味しそう」
佐伯「こずえ先生の落雁だって、甘さ控え目だし溶けやすいから、子どもにぴったり」
こずえ「(ホッとして)良かった。早速、お子さんたちに挙げてきますね」
〇同・同・リビング
こずえ、子どもたち微笑ましく見つめながら、一緒にゲームに参加している。
時折、鳥元たちに目を遣る。
〇同・同・ダイニング
咲子たち、談笑している
咲子「(嬉しそうに)やだー、私、そんな有名じゃないわよ」
佐伯「もう完全にリーダーよ。私がいなくなった後も安心」
一同、同調するように頷く。
笑顔の咲子、ふいに、こずえと目が合うと、コンマ一秒、更に大きな笑顔をこずえに向け、再び会話に戻る。
〇同・同・リビング
直也、空のお菓子皿に手を伸ばす。
こずえ「あっ、お菓子、貰って来るね」
と、ダイニングに急ぐ。
〇同・同・ダイニング
咲子中心に、話に花が咲いている。
咲子「このかもめコーポに来れて、私はほんっとに幸せ者」
ちょうど来た、こずえと目が合い、更ににっこり。
こずえ「すみません。お子さんたちのおやつ、追加で頂きます」
佐伯「どうぞどうぞ。ありがとう、子どもたちに付き合ってくれて」
こずえ「(改まって)佐伯さん、短い間でしたけど、今まで本当にお世話になりました」
佐伯「やだ、こずえ先生が引越して来た時、偶然お当番だっただけよ」
こずえ「新生活、大変だと思いますけど、佐伯さんなら、絶対大丈夫です。佐伯さんの優しい人柄は、何処に行ってもすぐ伝わります」
佐伯「(目を潤ませ)やだ、先生ほめ上手」
こずえもつい涙ぐむ。
柿田「ほら、こずえ先生も食べてね」
と、菓子の皿をこずえに手渡す。
こずえ「ありがとうございます」
笑顔で聞いていた咲子も、こずえに微笑みかける。コンマ一秒の笑顔。
こずえ、懸命に微笑みを返す。
〇同・同・リビング
こずえ、菓子の皿を手に戻って来る。
直也、待ってましたと皿に手を伸ばす。
紬「こずえ先生も大変ですね。行ったり来たり、大縄跳びみたい」
こずえ「大縄跳び?」
紬「ママ友の話の輪に入るのは、大縄跳びみたい。入れたとしても、一瞬笑顔が向けられるだけ。せっかく飛べた縄に引っかからないように遠ざかり、また並び直す」
こずえ「(感心して)紬ちゃん、大人みたい。お話が上手」
紬「無理しない方がいいですよ、こずえ先生」
〇同・101号室・中
こずえ、窓から中庭の様子を伺う。
× × ×
柿田と堀、偶然顔を合わせ、軽く会釈してすれ違う。
× × ×
こずえ、安心してバッグを持ち、出掛けようとする。
咲子の声「柿田さーん、堀さーん!」
× × ×
鳥元家のベランダ。咲子が堀たちに大きく手を振った後、中庭に出て来て3人でワイワイ話し始める。
輪の後ろは駐車場。こずえの車は、ちょうど輪の真後ろにある。
× × ×
こずえ、バッグを静かに置き、ペタンと座り込む。
〇同・中庭(夕)
日が暮れかかっている。
咲子たち、まだ雑談を続けている。
〇同・101号室・中(夜)
こずえ、慶悟、夕食中。
慶悟、粉チーズを取り、パスタにかけようとするが、空っぽ。
こずえ「ごめん、買い忘れた」
慶悟「ビール、もう一本ある?」
こずえ「無い。今日買い物行けなかったんだ。ごめん」
慶悟「今日、休診日でしょ。何かあったの」
こずえ「ちょっと疲れちゃって」
慶悟「そっか。じゃあ週末、一緒に買い出しに行こう」
こずえ「ありがとう」
慶悟「無理しなくていいからね。そう言えば、佐伯さん、来週引っ越しだね」
こずえ「うん。昨日佐伯さんのお家に呼ばれて、皆で最後のお茶会してきた」
慶悟「そっか、ちゃんと挨拶できたんだな。 良かった。ここに越してきた時、佐伯さんには、だいぶお世話になったからな」
こずえ「そうだね。急に心細くなっちゃった」
慶悟「仕事は? 今、忙しいの?」
こずえ「バードフードのネット販売の手続きが結構細かくて大変。農林水産省が管轄の、 関東農政局の承認がいるんだ」
やれやれと顔を見合わせる二人。
〇こずえバードクリニック・受付
こずえ、PCの前で目頭を押さえつつ、
こずえ「もうこんな時間、預かりルームの鳥ちゃん、寝かせないと」
アルバイト・高木(21)、立つ。
高木「私、行ってきます。お預かりルームの鳥たちの世話なら、私にお任せください」
こずえ「高木さんがいてくれてホント助かる。じゃあ、宜しくね」
高木、かごに被せる布を抱えて行く。
こずえ、論文に目を走らせる。
〇スーパーマーケット・駐車場(夕)
こずえ、買い物袋を車に積んで運転席に乗り、エンジンをかける。
〇走るこずえの車(夕)
信号が赤になり、停車。
× × ×
窓外の、鳥ノ木公園の木々に、雀の大群が羽を休めている。その圧倒的な鳴き声と羽音。
× × ×
こずえ、不安そうに木々を見上げる。
〇かもめコーポ・101号室・中
こずえと慶悟、向かい合い夕食中。
慶悟「俺、明日朝すごい早いから、寝ててね」
こずえ「大変だね。ごめん、私、今日疲れ切ったから、死んでると思う」
慶悟「ハハ、今も眠そうな、トロンとした眼してる」
こずえ「(恥ずかしそうに)もう、やだ」
慶悟「もう寝なよ。此処、片づけておくから」
こずえ「ありがとう慶悟くん。じゃあ、お言葉に甘えて」
と、立ち上がるが、ふと止まる。
こずえ「ねえ慶悟くん、鳥ノ木公園って、最近雀とか、すごいんだね」
慶悟「うん。特にここ数年は夜になると、公園の木に、この地域の鳥が全部集結してるみたいに集まってくるらしい」
〇同・寝室(夜)
こずえ、眠っている。
〇こずえの夢
三日月の夜。
公園の木々で羽を休める、おびただしい数の雀の集団が、一斉に飛び立つ。こずえの頭上すれすれに飛んで行く。
こずえ「(大きく)助けて!」
〇かもめコーポ・101号室・寝室(日替わる)
ピンポンと、ドアチャイムが鳴る。
こずえ、目を覚まし、寝室を出る。
〇同・同・ドアホン前
こずえ、ボタンを押して応答する。
こずえ「(寝覚め悪く)はい」
諒也(ドアホン)「鳥元です」
モニターに諒也が写る。
こずえ「諒也くん? どうしたの?」
諒也(ドアホン)「佐伯さんが出発するそう です。母に言われて来ました」時刻は、十時ちょうど。
こずえ「(申し訳なさそうに)ごめんね諒也くん、今、出られないの」
諒也(ドアホン)「(礼儀正しく)わかりました」
こずえ「(焦って)本当にごめんなさい、せっかく来てくれ(たのに)……」
ドアホン、ガチャリと無造作に切れる。
こずえ「あ……」
〇同・中庭(日替わる)
ゴミ出しに向かっている、こずえ。
咲子、じゃばら門を閉じて来る。
こずえ、小走りに駆け寄る。
こずえ「鳥元さん、おはようございます!昨日はすみませんでした。せっかく諒也く んに来てもらったのに、出られなくて」
咲子「(気のない風に)あぁ」
こずえ「本当に申し訳ありませんでした。今日、燃えるゴミの日ですし、燃えない方で、佐伯さんから預かったゴミとかあれば、是非うちで」
咲子「(遮りつつ冷静に)昨日はね、佐伯さんの事、ここの集合住宅、全員で見送ったんですよ」
こずえ「(驚いて)え?」
〇(こずえのイメージ)同・同
引越しトラックの付近に、咲子以下かもめコーポの住人たちが整列。
諒也、列を離れ、101号室のドアホンを押す。
住人全員、その様子を見守っている。
〇同・同
咲子、赤の他人とすれ違うように、こずえの前を立ち去る。
〇同・同(夕)
咲子たち数名が井戸端会議。
大きな笑い声が響く。
〇同・101号室・中(夕)
窓から中庭を見ていたこずえ、カーテンを閉める。
慶悟「こずえも行ってくれば? 明日休みだし。夕飯、ピザでも取ろうよ」こずえ「あの輪の中には、気軽に入れないよ」
慶悟「(やや驚き)そうなの? (心配して)こずえ、何かあったの」
こずえ「鳥元さんを怒らせたかもしれない。佐伯さんの見送り、爆睡してて、出られなかったの」
慶悟「そっか。でもその前に、佐伯さんにちゃんと挨拶したんだろ?」
こずえ「うん。でも引越しの日、諒也くんがピンポンして教えに来てくれた。その時ちゃんと謝ったし、その後、鳥元さんと会った時も、誠心誠意、謝ったつもりなんだけど」
慶悟「怒ってたって、怒鳴られたのか」
こずえ「まさか。でも真顔で言われた。『かもめコーポの住人全員で見送った』って」
慶悟「こずえ、暫くバードフードの方は休んだら? 子どもが産まれたら、ご近所付き合いも大事かもよ」
こずえ「まだ出来てもいないし。子どもって言えば、全部納得する訳じゃないから」
慶悟「俺は、こずえの事、子どもで釣って、思い通りにしようとしてる訳じゃないよ」
こずえ「ごめん、そうだよね。ごめん。あー、何か皮肉だな。中々子どもが出来ないから研究に没頭するようになったのに」
慶悟「ネット販売の環境設定、あとどの位で目途が立つの?」
こずえ「もう少しなんだけど、診察もあるし、中々まとまった時間が確保できなくて。慶悟くん、あと一週間だけ頂戴。病院に寝泊まりして、集中してネット販売の手続きを済ませる。そして次にこの社宅に戻って来た時は、子作りの事も、井戸端会議への参加もOKになってる」
慶悟「こずえがその方が良いなら、任せるよ」
〇こずえバードクリニック・お預かりルーム・中
こずえ、ひたすらPCに向かい、キーボードのEnterを押す。
こずえ「やったーっ、申請完了!」
と、チェアの背凭れに無造作に掛けてある慶悟のパーカーを被り、仮眠する。
〇同・同(朝)
甲高い笑い声が聞こえる。
こずえ、飛び起きる。
こずえ「嘘っ、私、また寝過ごしちゃった?」
と、勢いよくカーテンを開ける。
〇同・表
咲子と柿田、立ち話をしている。
柿田、移動用の鳥ケージを提げ、咲子は自転車に跨っている。
こずえ、慌てた様子で出て来る。
こずえ「おはようございます。柿田さん、お待たせしました。中へどうぞ」
柿田「でも、まだ時間前だし。私が早く着いちゃったから」
こずえ、そっと咲子の表情を伺う。
咲子、コンマ1秒の笑顔をこずえに向ける。
咲子「(大きく)良かったじゃなーい。じゃ、私は失礼しまーす。ピピちゃん、バイバーイ!」
と、自転車で颯爽と去る。
こずえ、努めて笑顔で見送る。
こずえ「柿田さん、中へどうぞ」
〇同・診察室
こずえ、指に留まり元気そうに鳴くピピを移動用ケージに移す。
向かいに座っている柿田に、
こずえ「ピピちゃん、異常ありませんでしたよ。とっても元気です。いつものピピちゃん用フードも用意しておきますね」
柿田「(言いにくそうに)今日は大丈夫です」
こずえ「(意外で)え? ピピちゃん、やっぱり何かいつもと違う所があるんじゃ」
柿田「ダ、ダイエットです」
こずえ「ピピちゃん、適正体重ですよ。全然太ってないのに」
柿田「とにかく今回は。すみません」
こずえ「あ、こちらこそ、つい心配しすぎちゃいました。すみません。どうぞお大事に」
ピピ、狭いケージを元気に往復する。
こずえ「ピピちゃんご機嫌ですね~。ホント元気。はこべとか、トウモロコシとか、いちごとか、食べ過ぎちゃ駄目ですよ~」
柿田「(思わず)違うの。こずえ先生」
こずえ「(キョトンと)何がですか?」
柿田「鳥元さんもバードフード作り始めたから、分けてくれるって言われたんです」こずえ、咄嗟に窓外を見る。
咲子の姿はない。
柿田「鳥元さんのご実家、家庭菜園を始めたんすって。そこで稗や粟なんかも栽培してるみたいで」
こずえ「(明るく)すごい。鳥元さんが家庭的なのは、ご実家の影響なんですね」
柿田「だからすみません、今回だけ」
こずえ「気にしないでください。(さり気なく)でも鳥元さん、まさか柿田さんにそれを言いに此処まで?」
柿田「ご実家に行かれた帰りだそうよ」
こずえ「(ホッとして)そうだったんですね」
柿田「先生、フードのネット販売、順調?」
こずえ「ちょうど申請が完了した所だから、間もなくの予定です」
柿田「楽しみにしてます。失礼します」
と、出て行く。
こずえのケータイが鳴る
こずえ「もしもし。はい、私が申請者本人です。え? 添付資料に不備が?……承知しました。数日中に必ず送付致します」
〇同・受付
高木「関東農政局ですか」
こずえ「そう。研究結果のデータを何点か追加する必要があるって。まだ家に帰れそうにないな」
〇かもめコーポ・中庭
ベランダで日光浴するインコが囀る。
咲子中心の井戸端会議の笑い声。
慶悟、疲れた様子で通る。
咲子「渡来さん、お疲れさまでーす」
堀「夜勤明けですか? お疲れ様です」
慶悟「こんにちは。失礼します」
と、通り抜け、自分の部屋の玄関ドアを開け入って行く。
咲子「最近、こずえ先生見かけないわね」
柿田「忙しいから、病院の方で寝泊まりしてるみたいですよ。フードのネット販売の申請手続きですって」
咲子「じゃあもうネットで買えるんだ」
柿田「数日前に病院で聞いた時は、すぐみたいな感じだったから、何度かHPチェックしてるんだけど、まだみたいで」
咲子「ふーん」
〇こずえバードクリニック・受付(夜)
こずえ、PCのネット販売ページに注目。時刻は、0時ちょうど。
こずえ「やったっ、ついに開通した! え、早速オーダー! 堀さんだ」と、感激している。
〇同・表(日替わる)
咲子の甲高い笑い声。
堀も合わせて笑う。
〇同・受付
こずえ、デスクから顔を上げる。
こずえ「(寝ぼけて)嘘、また鳥元さん?」
と飛び起きて、カーテンを開ける。
こずえ「やっぱり……何で?」
と、浮かない顔で端末を立ち上げる。
こずえ「えーっと、堀さんのシロちゃんは、タイプDのフード」
と、ストックからフードを選び取る。
こずえ「(嬉しそうに)最初のお客様だから、お礼を兼ねて、渡しに行っちゃお」
PC端末の通知音が鳴る。
確認するこずえの表情が曇る。
こずえ「え、堀さんキャンセル? 何で」
〇同・出入り口・中
こずえ、呼吸を整え、ドアの前に立つ。
〇同・表
咲子、スマホ画面を操作。
堀、届いたことを確認するようにスマホを見ている。
〇同・表
咲子と堀、立ち話を続けている。
こずえ、咲子たちに近づく。
こずえ「おはようございます」
堀「こずえ先生。おはようございます。あ、すみません、そのフード、ウチのですか?」
こずえ「えっ? あっ、私ったら、お二人の姿が見えたんで。ご挨拶をと慌てちゃって」
堀「やっぱり買います。それさっき、私がドタキャンした分ですよね」
こずえ「いえ、いいんですよ。診察時間外のオーダーは、次の診察時間の開始前まで、キャンセル料は頂かない規約ですから。じゃあ、診察始まりますので。失礼します」
と、笑顔で会釈し、二人に背を向ける。
咲子「こずえ先生」
こずえ、立ち止まり振り返る。
こずえ「(感じよく)はい」
咲子「私ね、こずえ先生が調合したフード、数えたのよ~。一粒一粒、全部」
こずえ、手元のフードの袋をギュっと握りしめ、笑顔を作る。
こずえ「そう、ですか。鳥元さんも、鳥ちゃん飼うご予定あるんですね」
咲子「実家で飼い始めたのよ。すごく人に慣れてて、全っ然怖がらないのぉ」
こずえ「愛情たっぷりなんですね」
咲子「まぁね。すっかりコハナちゃん中心の生活になっちゃってるの」
こずえ「何か気になる事があったら、お気軽にうちの病院に来てくださいね」
咲子「こずえ先生ごめんね、この病院のフード、うちのコハナちゃんには合わないの。ちょっと稗の割合が多いかなぁ」
こずえ「そうなんですね。貴重なご意見、今後の参考にさせていただきます。じゃあ、私はこれで」
と、会釈して病院へ戻る。
〇かもめコーポ・101号室・中
慶悟、ホットプレートの上のお好み焼きを見事に裏返す。
こずえ「(寛いで)フフッ、相変わらず、慶悟くんは上手いね」
慶悟「ネット販売、軌道に乗った?」
こずえ「今は只管オーダー待つだけ。最近、診察のお客さんも減っちゃったし。このかもめコーポの堀さんトコのシロちゃんや、本木さんちのピー太くん、健康診断の時期なのに、まだ予約入ってないの」
慶悟「堀ん家から、暫く鳥の診察の予約は入らないかも」
こずえ「えっ、どう言う事?」
慶悟「かもめコーポに、大原さんが引越して来る事になったんだよ」
こずえ「大原さんって、あの大原翼? ガーファのどっかと専属契約してる……」
慶悟「取引相手の契約の事情で、急遽帰国するんだって。で、とりあえず此処に住む」
こずえ「普段ニューヨークのアトリエにいる人が、このかもめコーポに? えーっ」
慶悟「ハハ、堀と同じ事言ってる。アイツ大原さんと同じ部署なのにさ。で、堀ん家の鳥、えーっと」
こずえ「シロちゃん」
慶悟「大原翼の部屋、堀の隣りなんだって。引っ越し作業が落ち着くまで、シロちゃんは当分、奥さんの実家に預けるってさ」
こずえ「ふーん、そうなんだ。でもセキセイインコ一羽位で騒音レベルに鳴く訳ないのに、ちょっと大げさじゃない?」
慶悟「大原翼は鳥アレルギーって噂なんだ。だから気ィ使ってるんじゃないか」
こずえ「大原翼の写真は、世界的にも有名になってるんでしょう?」
慶悟「ま、そんな訳だから、こずえも当分、此処でゆっくり成り行き見守ったら?また佐伯さんの時みたいになっても、な?」
こずえ「でも大原さん、単身で来るんでしょ」
慶悟「一応会社からは、そう聞いてるけど、とにかく心配なんだよ。こずえが」
こずえ「わかった。ありがと慶悟くん」
○同・同・同
こずえ、スマホで『大原翼』を検索。大原翼が鳥に襲われているような切り抜き動画がアップされている。
タイトル“ボク、鳥アレルギーッ”
視聴回数は、100万回を越え。
こずえ、ため息を吐く。
〇同・中庭(日替わる)
じゃばら門が開き、引越し業者の小型車両が入って来る。
業者「オーライ、オーライ、ストーップ!」
こずえ、通りかかる。
業者「すいませーん、大岩引越しセンターです。本日は、大原翼様のお引越し作業させて頂きます」こずえ「お疲れさまです。私、今から出ますので、門、閉めておきますね」
と、表の歩道に出てじゃばら門を閉め、かもめコーポのベランダを見上げる。
〇同・中庭
本木、千住、引っ越し業者の車両を見下ろすと、ベランダの鳥かごを慌てて外し、室内へと消える。
〇こずえバードクリニック・受付
待合席には誰もいない。
PC端末の画面。フードのネット注文、0件である。
隣りの高木、大学のレポートらしき課題をこなしている。
高木「すみません」
と、慌てて片づけようとする。
こずえ「いいよ。患者さんの予約も今のところ来てないし。高木さん、生物学部だっけ」
高木「はい」
こずえ「たしか、あの書棚に専門書があったと思うよ。高木さんにはいつも頑張って貰ってるし、いつでも使って」
高木「ありがとうございます。じゃあ、さっそくお言葉に甘えて」
と、書棚を開け、専門書を物色。
来院者のチャイム。
大きなお腹の鮫島晴子(21)、鳥の移動用ケージを提げて来る。
〇同・診察室
晴子、ケージを診察台の上に置き、こずえに丁寧に頭を下げる。
晴子「今回はバードホテルのご利用ですね。初回だけ、お預かりする前に簡単な健康診断させて頂きます。おいで。鮫島みかんちゃん、セキセイさんですね」
と、移動用ケージから、インコを捕まえて取り出し、診察を始める。
こずえ「羽よし、お鼻よし。みかんちゃん、異常ありませんね」
晴子「(控えめだが実感込め)良かった」
こずえ「みかんちゃん、ペットホテルはどの位ご利用されますか」
晴子「私、もうすぐ出産なんです。あの、産まれて退院するまで長期で預かってほしいんです。大丈夫でしょうか」
こずえ「(張り切って)大丈夫ですよ。そうだ、お預かりルーム、見て行かれます?長期ですし、なるべくみかんちゃんの行動パターンに合わせた環境作りますね。どうぞ。あちらです」
と、席を立つ。
晴子「いえ、大丈夫です」
こずえ「え?」
晴子「この病院のお預かりルーム、SNSに山ほどアップされてますよ」
こずえ「そうですか。SNSにアップして頂けるのはとても有り難いですけど、鮫島さんは良いんですか。よく知らない人からの情報でしょう?」
晴子「よく知らない人じゃありませんよ。私、かもめコーポ306号室の、鮫島です」
こずえ「(ハッと)306号室? 鮫島さん、あの、かもめ306の住人?」
〇かもめコーポ・306号室・玄関ドア前
晴子の声「そうですよ。あの部屋のドアが開くのを誰も見た事がない。勿論ベランダの窓も固く閉じられている。中庭では色んな噂が囁かれ、とうとう私は、謎のキャラクターになった」
〇こずえバードクリニック・診察室
こずえ「どれも大した噂じゃありませんよ。それに噂どおり、芸能人みたいで素敵。その上、鳥ちゃんも飼ってるなんて嬉しい」
晴子「私には、柿田さんや堀さんみたいに、預けられる実家がないんです」こずえ「そういう方々の為に、このバードホテルがあるんですから。それにね、最近全然利用者さんがいないの。鮫島みかんちゃん専用ホテルよ」
晴子「バードフードのオーダーも、減ってたりします?」
こずえ「減ってるって事は、一度は増えたって事でしょ。もう、ネット販売立ち上げただけ無駄だったのかも」
晴子「SNSは、まめにチェックした方が良いですよ。経営者なら尚更です。じゃあ、私、これから自分の診察あるんで」
と、腰を上げる。
こずえ「待って。それってどういう……」
晴子「こずえ先生、うすうす気付いてるんじゃないですか。犯人は、鳥元さんだって」
こずえ「(動揺して)な、何を言うの」
晴子「スパッと切っちゃった方がラクですよ。私、鳥元さんとは徹底的に距離を置いてます。鳥元さんの行動パターンを把握して、全て時間差で行動してるんです」
こずえ「そんな事できるの?」
晴子「こずえ先生、近々かもめコーポに止めてある車を出す予定ありますか」こずえ「ちょうど今日、取り寄せて貰った雑穀を受取りに業者さんの所に行くけど」
晴子「(流暢に)それなら、午後2時から3時半の間がベストです。本日火曜日の鳥元さんの主な予定は、諒也くんのスイミングスクール。今日は進級テストがありますすから、教育熱心な鳥元さんは、必ず見学に行きますから、鳥元さんに遭遇せず、安心してかもめコーポに行って車を出せます。ちなみに鳥元さんのアカウントネームは、KOHANA206。じゃあ」
と、大きなお腹を抱えて立ち去る。
こずえ、茫然と見送る。
〇同・お預かりルーム
ケージの中のみかん、鈴で遊んでいる。
こずえ、端末でSNSを開き、『KOHANA206』を検索。
こずえ「嘘、何これ。これってアリなの?」
沢山の画像がアップされている中に、クリニック特製フードの配合と割合 が載っている。『人気クリニックのバードフード全部数えてみた! 家庭菜園で栽培すれば、実質50円!』
スマホに釘付けになるこずえ。
時計の時刻が過ぎて行く。
〇かもめコーポ・門~駐車場~中庭
中庭には誰もいない。
こずえ、急いで車に乗り込みエンジンを掛け、時刻を確認。3時27分。
ふと、衣服のポケットに手を当てる。
こずえ「あれ? スマホ」
と、足元や助手席など探し始める。
自転車のベルが聞こえる。
ハッと時計を見る。3時半ジャスト。
〇同・中庭
ベランダから、本木(35)と千住(38)が顔を出す。
本木「鳥元さーん、お疲れさまー」
咲子「こんばんはー」
千住「鳥元さーん、ウチもスイミング始めたいの。話聞かせて」
咲子「もちろんよー。下で待ってる」
と、自転車を押して駐輪場へ行く。
〇同・駐輪場~駐車場
咲子、自転車を押し、こずえの車近くの駐輪スペースで止まる。
こずえ、咄嗟に助手席に倒れ、咲子の視界から消える。
咲子、こずえに気付かず自転車を止め、中庭に駆けて行く。
〇同・中庭(夕)
咲子、本木、千住、話し込んでいる。
本木「諒也くん合格したんだー。おめでとう」
千住「諒也くん、学校のプールでもすごく上手いって、ウチの子いつも言ってる」
咲子「(嬉しそうに)やだー。そうだ、千住さんの事紹介してあげる。スクールのスイムウエア割引になるしー」
〇同・駐車場・車内
息を殺して身を横たえたこずえ、助手席の足元でスマホを発見し、時刻を確認。4時半。絶望した表情。
〇同・中庭
咲子「じゃーねー、また明日」
本木、千住もそれぞれ帰って行く。
外階段を上がって行き、玄関ドアが開いて閉まる。
〇同・駐車場
こずえ、やっと起き上がり、全てを諦めた様子で車から出る。
〇こずえバードクリニック・お預かりルーム
みかん、おもちゃの鈴を鳴らして遊ぶ。
こずえ、サラサラと餌を配合する。
晴子も見守っている。
こずえ「(神妙に)見ました。SNS」
晴子「KOHANA206さんですか」
こずえ「ええ。KOHANA206さんは、私が3年かけて研究したフードの配合をSNSにもアップしてた。それを拡散したフォロワーさんのアカウントネームは、カッキー204さん、HollyNight302さん。アカウントのヘッド画像は、ピピちゃんとシロちゃん。でもインコちゃんは、同じ模様沢山いるから気のせいかな」
晴子「気のせい、ですか。鳥元さんは、絶妙な距離感でターゲットを孤立させるんです」
こずえ「そうかもしれない。佐伯さんの引越しの見送り、晴子さんも行った?」
晴子「行ってませんよ。旦那さんが夜勤が終わってちょうど帰って来て、一言挨拶してくれたみたい。私、悪阻が長引いてたし」
こずえ「そう。かもめコーポ全員で見送ったって聞いてたけど」
晴子「そんな訳ないですよ。鳥元さんの全員は、鳥元さんが、マストって勝手に決めたメンバーの事なんですから」
こずえ「そうだよね。あー、久々に心に平穏が訪れた」
こずえと晴子、笑う。
〇かもめコーポ・101号室
こずえ、食後にお酒を飲んでいる。
慶悟「こずえ、何か良い事あった?」
こずえ「仕事は全然。でもね、この寮の鮫島さんと仲良くなれたの。最近悩んでた事とか、大した事ないかもって思えたんだ」
慶悟「鮫島さんって大学生って噂だけど、どうなの?」
こずえ「さぁ、でもすっごい若い。もうすぐ妊娠40週。お腹の赤ちゃんも順調だって。セキセイを飼っててね。出産して一段落するまでバードホテル利用してくれてるの」
慶悟「良かったな。そうだ、最近うちの実家も鳥飼い始めたらしいんだ」
こずえ「(驚いて)お義母さんが?」
慶悟「一度見てやってくれると嬉しいな」
こずえ「いつでも大歓迎です」
○こずえバードクリニック・診察室
こずえ、KOHANA206をチェック。実家の小鳥がアップされている。ノックとともドアが開き、高木が、ケージを抱えた義母・優子(58)を案内して来る。
優子「こんにちは」
こずえ、慌てて立ち上がる。
こずえ「お義母さん! お久しぶりです」
〇同・同
観察用のケージに移されたハナ、止まり木で大人しくしている。
こずえ、撮影したハナの画像を確認。
こずえ「ハナちゃん、何も問題ないですよ」
優子「でも、何か様子がおかしいねん」
こずえ「うーん、一番何が気になります?」
優子「一番おかしいんは、あんなに好きだったおもちゃに見向きもしない事やな」
と、鈴のおもちゃをこずえに渡す。
こずえ「そうですか。今度、お家に伺った時、普段の様子も見てみますね」
優子「ありがとう。よろしゅう頼みます」
○同・お預かりルーム
みかん、おもちゃで遊んでいる。
こずえ「みかんちゃん、そればっかりだね」
ハッとしてハナのおもちゃを手に取り、走り出て行く。
〇同・受付
こずえ「お義母さん!」
優子、ゆったりと振り返る。
優子「何?」
こずえ「(興奮気味に)最近、お家に誰か来ませんでした? 鳥を飼ってる人」
優子「日光浴してたら、かもめコーポの鳥元さん言う人が、挨拶してくれてな」
こずえ「それだけで信用して家に上げたんですか?」
優子「かもめコーポで鳥元と言えば、知らない人はいないんです言うて。実家の親御さんも一緒やったし。鳥かご持って、鳥もいてるし、悪さも出来んやろ」
こずえ、スマホで咲子のSNS画像を探す。
咲子がハナとコハナに頬を寄せ、自撮りし、背景を加工した写真がある。
2羽とも、殆ど同じ模様である。
こずえ、画像を優子に見せる。
こずえ「この時、ハナちゃんとコハナちゃん、入れ替わったのかもしれません」
優子「確かに、30分程、カゴから出して、一緒に遊ばせたわ」
こずえ、ケージの中のハナに、鈴のおもちゃを近づける。
ハナの反応は無い。
こずえ「お義母さん、暫くの間、インコちゃん同士で遊ばせないで下さいね。特に、同じ模様どうしは絶対ダメです。後は、慶悟さんと相談して、ご連絡しますから」
○かもめコーポ・中庭
こずえ、帰宅する。
柿田、堀の他数名が雑談している。
咲子の姿は見当たらない。
こずえ「鳥元さんって、今」
柿田「今夜は家族で焼肉だって。ついさっき出かけたよ」
こずえ「そうですか。羨ましいなぁ」
堀「こずえ先生」
こずえ「?」
堀「やっぱり、バードフード、先生の病院で買わせて貰って良いでしょうか」こずえ「勿論ウチは大歓迎ですよ。でも、逆に大丈夫ですか」
と、咲子の部屋を見上げる。
堀「シロちゃん、あんまり鳴かなくなっちゃったみたいで。実家に預けて慣れないせいだと思うんですけど。先生のフード食べてた頃は、よく鳴いてたから」
柿田「実は、ピピちゃんもなの。ピピは元々、普通のコだから、目立った変化はないんだけど、でも何か違う気がして」
堀「少しの変化にすぐ気付けるように、本当は自分の手元で飼いたいんだけどね」
○同・101号室・ベランダ
洗濯物が干してある。
こずえ、部屋から出て来て取り込むと、再び出て来て深呼吸。
雀が一羽、すぐ近くに来て止る。
こずえ「(口ずさみ)♪小鳥はとっても歌が好き~母さん呼ぶのも歌で呼ぶ~」
向こうで呼応する声が聞こえる。
大原の声「♪ピピピピピ、チチチチチ~」
こずえ、向こうのベランダを見る。
× × ×
大原翼(37)、カメラ等機材の手入れをしながら、無意識に歌っている。× × ×
こずえ「大原翼、ホントに鳥アレルギー?」
○同・同・中(夕)
こずえ、ベランダのサッシを閉め、
こずえ「今、大原翼が……」
慶悟、聞いてない様子で上着を羽織る。
慶悟「行こう」
こずえ「(驚いて)今から? もう遅いし。鳥元さんのお母様に申し訳ないよ」慶悟、玄関に向かい靴を履く。
こずえ「慶悟くん、そもそも家知ってるの?」
慶悟「鳥元さんの実家、意外とウチに近いんだよな。偶然通りかかるの十分有り得るよ。ほら」
と、こずえも行こうと促す。
○走る車の中(夜)
助手席には、空の移動用ケージを抱えたこずえ。
こずえ「何か大げさじゃない?」
慶悟、真剣にハンドルを握っている。
○咲子の実家・リビング(夜)
ドキュメンタリー”君はタイタニックを知っているか”。当時の悲劇を想像させる展示品の数々。
画面右上、録画ランプが点灯。
咲子の母・和枝(62)、固唾を飲み、画面に釘付けである。
肩に止っているコハナも、羽を膨らませ、身じろぎもしない。
録画が終了。
咲子の父・実(64)、スマホを下ろす。
和枝、傍に来て画像を覗く。
和枝「お父さん上手いじゃない。コハナちゃんは、空気読める賢い子ねぇ。オホホ」
実「昨日撮ったおしゃべりも可愛いな」
和枝「両方載せちゃお」
と、二人でスマホを覗き込み、まだ慣れない手つきでタッチ操作する。
実、投稿ボタンに指を合わせる。
玄関チャイムが鳴る。
顔を見合わせる、実と和枝。
ドアホンのモニターに、慶悟とこずえが写っている。
〇同・リビング
実と和枝、半信半疑で首を傾げる。
こずえ、おもちゃをコハナに与える。
コハナ、飛びついて遊び始める。
こずえ「これは、うちの実家のハナなんです」
慶悟、咲子の自撮り画像のカラーコピーを2枚広げる。
こずえ「こちらがひと月前、鳥元さんがご実家でコハナちゃんと撮った画像。そしてこちらが、先週、渡来家で撮影した画像です」
和枝「そうそう、同じ模様だね、双子みたいって話したわね」
慶悟「ひと月前のコハナちゃんの画像、よく見ると、頬の模様に少し赤が入ってます。先週の、コハナちゃんとハナの画像を比べても、頬の模様の赤色は、片方のインコにしかありません」
和枝「ホントだわ。という事は、頬に赤色が無いこのインコは、ハナちゃんなのね」
実「そうと分かればお返しします」
ハナ、無事移動用ケージに入る。
こずえ「コハナちゃんは、私が責任を持って、お返しします」
〇走る車の中(夜)
こずえ、移動用ケージを覗いて、
こずえ「すっかり暗くなっちゃったね。ハナちゃん、もう少しで着くからね」
窓外をバサッと羽が接触し飛び去る。
こずえ、ケージを守るように抱える。
× × ×
窓外から見える鳥ノ木公園。
カメラを持った大原翼、鳥たちの群れと格闘している。
× × ×
こずえ「慶悟くん停めて! 大原翼!」
〇鳥ノ木公園(夜)
木々に群がる鳥の大群。
大原、時折鳥に集られながらも、夢中で撮影を続けている。
その光景に見とれる、こずえ。
大原と目が合い、お互いに会釈。
こずえ「私、かもめコーポ101号室の渡来です」
○走る車・中(夜)
慶悟が運転する後部座席で、こずえ、隣りの大原に、スマホで大原の切り抜き動画を見せる。
こずえ「再生回数、200万回突破ですね」
大原「NYに赴任する前、あの公園で隠し撮りされたんだと思います。鳥アレルギーだなんて、まさにこの切り抜きのイメージだけで誤解されてる。かもめコーポの風物詩、ベランダでの鳥たちの日光浴。一度も見れてない理由が、やっとわかりました」
こずえ「私、かもめコーポに鳥たちを戻したいんです」
大原「僕にも協力させてください」
と、真剣な眼差しで頷く。
○かもめコーポ・中庭(日替わる)
咲子、柿田、堀、本木、千住、輪になり話し込んでいる。
〇同・101号室・玄関・中
小型ケージを提げて立つこずえ、顔を上げ、玄関のドアを開ける。
○同・中庭
こずえ、咲子たちの輪の方へ進む。
カゴの鳥・コハナが落ち着きなく動く。
咲子「(大笑い)アハハハ、やだー」
こずえ、輪の手前で足がすくむ。
じゃばら門が開く音。
こずえ、救われた表情で門の方を見る。
○同・門~中庭
大原が帰宅し、じゃばら門を閉じる。
咲子、駆けつけ開閉を手伝う。
咲子「(笑顔全開で)お疲れさまでーす」
と、大原と並んで歩きつつ、輪に戻る。
柿田たち「お帰りなさい」
こずえ、進み出て、笑顔で微笑む。
こずえ「こんにちは」
咲子、こずえが提げたケージを見て、
口元から笑みが消える。
中には、頬に赤色模様のコハナがいる。
大原「うわぁ、嬉しいなぁ。やっと会えた」
と、ケージに顔を寄せ、鳥を見つめる。
一同、顔を見合わせる。
大原「鳥アレルギーの噂、事実無根です。僕も参ってますよ。(こずえに)写真、良いですか?」
こずえ「勿論です」
大原、スマホでコハナと自撮り。
大原「因みにSNSに載せるのは……」
こずえ「大歓迎です。ですよね、鳥元さん」
咲子「(焦って)えぇ。大原翼の鳥アレルギー説も、すぐに吹き飛びますよぉ」
こずえ、ケージを咲子に差し出す。
こずえ「コハナちゃん、お返ししますね」
大原「コハナちゃん、鳥元さんちのコなんだ。可愛いなぁ」
こずえ「健診があったので、うちの医院でお預かりしてたんです」
大原「そうですか。(咲子に)鳥元さん、この写真見たら、イイねくださいね。必ずフォローバックします」
咲子「(嬉しさ全開で)ホントですかぁ!」
羨ましそうな一同。
大原「皆さんも遠慮なく鳥ちゃんと暮らしてください。かもめコーポのベランダの風物詩、楽しみにしてます」
こずえのスマホが鳴る。晴子から。
こずえ「もしもし鮫島さん?」
一同、驚いてこずえに注目。
〇同・306号室・玄関
こずえ、勢いよくドアを開け中へ入る。
〇同・同・中
晴子、産気づき苦しんでいる。
バンとドアが開き、こずえが来て晴子を支える。
こずえ「すぐ救急車呼ぶね。しっかり」
晴子「病院すぐそこなんです。タクシーの方が早いですよ」
こずえ「わかった。私が前の通りで捕まえる。中庭に誘導して、この部屋の近くに停めて貰うから、待ってて!」
と、走り出て行く。
〇同・306号室・前~中庭
中庭に飛び出したこずえ、足を止める。
柿田の車、こちらに進んで来る。
堀、こずえの元に駆け寄る。
堀「こずえ先生、鮫島さんと一緒に、柿田さんの車で病院行ってください」× × ×
こずえと堀、両脇から抱えるように晴子を支え、車に乗せる。
× × ×
本木と千住、門まで車を誘導。
〇同・表
車道の車の流れを止める大原。
こずえと晴子を乗せた堀の車、無事病院に向かう。
〇同・206号室・ベランダ
咲子、ケージを抱え、車を見送る。
コハナ「大好き、こずえ先生」
咲子、苦虫を噛み潰したような表情。
〇同・中庭(日替わる)
T―数日後。
ベランダで鳥たちが日光浴している。
大原、復活したベランダ風物詩を撮影。
柿田、ベビー服を箱から出して見せる。
堀「カワイイ! 鮫島さん喜ぶね」
咲子「柿田さん、センス最高!」
こずえ、通りかかる。
柿田「こずえ先生、こんにちは」
こずえ「こんにちは。今日は皆さんお揃いですね」
と、咲子と目が合って、
こずえ「鳥元さん、コハナちゃん元気ですか? 大事にしてあげてくださいね」
咲子「じ、実家の母に伝えておくわ」
こずえ「ええ。鳥元さんのSNSも楽しみにしてます」
と、笑顔。優雅に中庭を通り抜け、玄関ドアを開けて中に入ると、静かにドアを閉める。
おわり