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自筆連載 「令和黒蜥蜴」2

令和黒蜥蜴二幕-狂乱と闇への誘い-

都内某所
ライブハウスにて
暗がりの中青や紫の照明が回る様に当たっていて、300人程が蠢き、踊り、歌っている。
ステージでは流行りのDJがターンテーブルを操りながらその群衆を煽っている。
その後は女のジャズシンガーが現れて演奏に合わせて伸びやかに歌う。
酒を飲み、絡み合う男と女、立ち見やソファー席やカウンターと奇妙に入り乱れた広いフロアは熱を帯びていく。
 時刻は24時を過ぎる頃、
おそらく最後の余興、この集まりの最後の、最高潮にして終わりの短いショーが始まる。
突然照明が落ちる。
数分経ち、エリックサティのグノシエンヌが流れ始める。
そしてステージ中央にスポットライトが当たると、そこには一本の大樹が立っている。
美しく伸びた枝には緑の葉が茂っている。
その木に絡まる様に一人の青と黒のレースの夜会服を纏った男がいる。
スポットが当たった瞬間に一斉に「ダークエンジェル」という叫びが、蠢きが会場を満たした。
それが鳴り止まない。
静かなサティの音楽を超えて「ダークエンジェル」という歓声と狂乱が続くが音楽と、それに合わせて歌うダークエンジェルの声は不思議と通って聞こえる。
そのステージの男は美声を発し続けながら華やかな夜会服を少しずつ上から捲る様に脱いでいき、上半身を全て露出した。左肩には黒い蜥蜴の刺青がみえる。
大樹の前に立ち、手を上げて小刀を示した。
群衆は口々に叫び声を上げてさらに熱狂する。
その男は小刀で腹部を左から右へと切り抜いた。
血がフロアに向かって吹き上がる。
それは七色に光る血液で、大きく高く吹き上がる。
空中にだけ強く当たる照明の中に七色の血液。
そしてそこに虹が架かった。
最高潮の熱狂の中そのステージは幕切れとなった。

全員がいなくなったフロアに一人だけ、カウンターに座る女がいる。
メガネを掛けてぼさぼさに傷んだ髪に、洒落っ気のない襟の伸びたシャツの女で、歳の頃は二十代半ばであろうか。
しばらくすると隣に座る者が現れる。
「お待たせしちゃってごめんなさい」
先ほど熱狂の中心にいたダークエンジェルこと黒蜥蜴その人であった。
ステージ上とは全く違う印象の上下黒のスリーピーススーツを着ている。
「ステージのあとはいろいろ誘いが煩くてね、撒くのが大変。で、あなた何その格好は」
名は美岐という女、
「ちょっといろいろあって、相談というか、こんな事ダークエンジェルにしか話せないと思って、やばい話しなんですけど、ここで話して平気ですか?」
ダークエンジェルは辺りで撤収作業をしている者達を払って、その広いフロアは二人きりになった。
「話してみなさい」
その言葉をきっかけに美岐は語りだした。
「私、貴方に会わなかったここ二年はO県の離島に移住して暮らしていたの、現地の居酒屋でアルバイトしながら細々とだけど、都会で詐欺師をしていた頃よりも平穏で楽しい日々だった。彼氏も出来たのよ。本島の大きい会社の支社に勤めていて、付き合ってもうすぐで一年、彼はもう四十だったから結婚の話しも出ていたわ。本当に優しい人だと思ったわ。真面目な人。私はアルバイトを辞めて彼の住む本島のマンションに同棲する為に引っ越す事になったの、それがね、十日前の事。一日予定がずれて、早く彼の家に行ったの、驚かそうと思って連絡しなかったの、喜んでくれると思ってドキドキしてたわ。だけど、合鍵で玄関を開けたら女の声がするの、すぐにぴんときたわ、そっと寝室の扉を開けたら真っ最中だった。目の当たりにしちゃって私耐えられなくて、やっと真面目な人生が始まったと思ったのに、それでキッチンから包丁を持ってきて、やっちゃったの、二人纏めて」
ここまで話を聞いていたダークエンジェルが口を開く
「で、逃げて都内に戻ってきたわけね」
「そう。私は終わりよね、終わったわ」
ダークエンジェル高らかに笑い出す。
「貴女はやっぱり面白いわね、私がかつて見込んだ女だけあったのね。それで、なぜ私に会いに?」
「もうどうしようもない。どうしようもないからこそ、ダークエンジェルなら、あなたに相談して無理なら諦めて自首でもしようかと思って、最後に会おうって思って」
「そう。よく会いにきてくれたわ。貴方も詐欺師なのに随分な事になったわね」
項垂れた美岐はこう言い出した。
「そうね。酸いも甘いも知ったはずだったわ。自分でも分からない。恋が分からない。ねぇ、貴方なら分かるの?」
ダークエンジェルは席を立ち、ウイスキーロックを2つ持って戻ってきた。
美岐にグラスをひとつ手渡して軽くグラスを重ねた。
そして話し出した。
「いい?しっかりと聞きなさい。はっきりと言うわ。恋愛は幻想よ。前頭葉にドーパミンが出て、それと子孫を残す為にプログラムされた性欲が結びついた状態を恋と呼ぶのよ。裏社会を生きる人間ならそれくらい弁えなさい。遥か昔はただのセックスだった。交尾ね。それが段々と文化的側面が強調されていき、現代なんて恋愛は完全にビジネスよ。どこに行って何を観ても、何を聞いても全て恋愛。恋愛を合わせれば売れるからさらに拍車がかかって、さらにはコンプライアンスが加わるから始末に負えない綺麗なだけの醜くい模造品のロマンだけが残った、それが今の時代なのよ。騙されちゃいけないわ。世間と足並みを揃えてありきたりな幸福なんか求めたのがいけなかったのよ。
貴女は自分がマイノリティである事をもっと突き詰めてさらに先に行かないと駄目」
そう言って、
ダークエンジェルは女を連れて会場を後にした。

階段を上がり地上に出ると、雨上がりの繁華街特有の少し甘い匂いがして、それを少し吸い込んだ美岐は頭の中で島の家から店に通う道の途中に広がっていたサトウキビ畑を思い出していた。

二人は停車していた黒いリムジンの後部座席へ乗り込む。
念のためこれを、
そう言って美岐に黒マスクを被せる。
「そのまま聞いてちょうだい。ひとつ決めてほしいの、私は貴女を助けてあげられる。だけどね、これからは私の為に働く、そう約束出来るなら助けてあげる。いいかしら?」
「よく分からないけど、助けてくれるなら、いいわ。約束する。で、どうやって助けてくれるの?」
「まあ待っていなさい。すぐに着くわ」

二人を乗せた車は夜の闇の中を、
漆黒のアスファルトを爬虫類が這う様に、
闇の深淵へと走り続けていく。

「文豪」江戸川乱歩に敬意を込めて

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