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函館市山背泊町字寒川
「千マイルブルース」収録作品
横浜は寿町。
ドヤ街で知り合った「ヤマセのジイサン」から頼まれたのは……。
ビターな物語ですが、ぜひ。
函館市山背泊町字寒川
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ヤマセのジイサン。
老人は、横浜は寿町のドヤ街でそう呼ばれていた。
知り合ったきっかけは、俺のぶら提げていたヘルメットだ。近くにあるライブハウスの開店待ちで辺りをうろついていた俺に、老人が絡んできたのだ。
「あんたライダーだろ? だったら百円くれ」
なにを言っているのだ? 俺は相手にせず歩き出した。すると、片足を軽く引きずりながら、なおも手を出し追ってくる。苛立った俺は振り向いた。
「ジイサン、なんでアンタに金を払わなきゃならねえんだ?」
老人は、なぜか胸を張った。
「ワシはな、バイクに跳ねられたんだ」
轢き逃げされて体を壊し、仕事もなくなり、借金だらけでここに逃げてきた、バイクに乗っているなら連帯責任だ……。なんという理屈だ。だいたい、ウソに決まっている。きっと小銭を渡したお人好しライダーがいて、それに味をしめたのだろう。
「なあ、あと百円足りねえんだ。カップ酒買うのによお」
老人が懇願するように言う。俺は構わず去ろうとした。しかし足を止めた。今夜はライブハウスにバイクを預けて飲むつもりだ。だったらどこかで暖機運転するのもいい。だが目の前に広がっているのは、勝手がわからぬ小便臭い迷宮。こいつは案内が必要か。
俺は老人に目をやった。
「……金はやらない。けど、いい酒場に案内してくれるのなら、お礼に一杯おごるよ」
老人は、前歯の欠けた顔でニカッと笑った。
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