ラン、乱、ラジオのジイサマは
「千マイルブルース」収録作品
SAで出会った、ラジオ好きのジイサンが乗っていた車は……。
ラン、乱、ラジオのジイサマは
関越道のSAで寝転がっていた。
芝生に寝そべるのが好きなのだ。地元のFM局に合わせたポケットラジオからは、昼時に合う軽めのロックが流れている。小高い丘からハイウェイやパーキングで動く車を横目で眺め、青空に向かってタバコの煙を吐き出す。ネイティブらしいDJの英語が、煙と戯れ上空に昇ってゆく。
俺はすべてに満足し、目をつむった。まったりとしたこの時間が、なんともたまらない。
しかし突然の群馬弁が、すべてをぶち壊してくれた。
「ここだんべえ!」
目を開けると、七十は優に超えているであろうジイサンが、青い空を背に笑っている。
「いやあ、ラジオが聴こえたんでなあ」
俺は上体を起こした。ジイサンがしゃがみこみ、俺のラジオを覗きこむ。
「わりぃが、NHKの第一にしてもらえんかねえ。594キロヘルツ」
「はあ?」
ほとんど毛のない頭をジイサンが掻いた。
「習慣でなあ、あれを聴かんと、どうにもメシのコナレがわりぃんだ。だめだがねえ?」
ジイサンの消化を助ける「あれ」に興味を持った俺は、AMにしてチューニングをずらした。そして、針が端のほうで拾った局に、ジイサンはポンと膝を打った。
「それそれ。『ひるのいこい』だあ!」
俺は固まった。なんなのだこれは? 流れてきたのは、まるで昔話でも始まるかのような大時代的な音楽だ。辺りが一瞬にして田舎臭くなった。
ジイサンは俺の隣にどっかと座り、満足げにキセルを取り出した。両切りのピースを雁首に差して火を点ける。格好は作業着にゴム長。なんだか芝生がただの草むらに思えてきた。
俺はジイサンに請われてボリュームを上げた。
『……千葉県市原市にお住まいの○○ハナさんからのお便りです。落花生を植えました。上にワラを敷いてハトから守っています……』
の、のどかだ。次は、三重県の○○ゲンザブロウさんから、スルメイカ漁のお便りだ。
ジイサンは満足そうに笑みながら、目をつむり空に向けて煙を吐いた。これは、俺の「まったり」と同種なのか? あれ? 俺は目をこすった。ハイウェイを走るスポーツカーが、農道を走るトラクターに見えたのだ。バカな。しかし目を移すと、階段の下で農産物が売られている。俺は頭を振った。なんだか、SAだかJAだかわからなくなってきた。「コナレ」と言っていたが、たしかにこの番組は、胃液のように辺りを溶かす。
『では、曲です。キャンディーズの……』
なんの脈絡もなく、『春一番』が新曲のように流れ出した。ジイサンを見る。なんとも幸せそうである。そして番組の最後は、「皆さんからの句」。
カントリーというかミステリーというか、ともかく時間が数十年止まっている。
ジイサンはありがとうと笑い、俺はラジオのスイッチを切った。途端に幻術が解け、作業着姿のジイサンだけがとり残された。
俺は訊いた。
「旅行中、いや作業中ですか?」
ジイサンが、新しいピースに火を点け頭を振った。
「遠乗りの最中だべ」
遠乗り?
「……というと、車を運転してきたんですか? ここまで」
ジイサンが、あまり楽しくないという表情で頷いた。息子の車を借りて走ってきたという。まて。事情はともかく、ならば自分の車で、『ひるのいこい』っていればよいではないか。
「車のラジオ、壊れてるんですか?」
そう訊くと、ジイサンが不機嫌そうな顔をパーキングに向けた。
「付いてねえだ。ワケわかんねえメーターばっかで。いいトシこいて、あのバカ息子の道楽には困ったもんだべぇ」
今どきラジオが付いていない? メーターばかり? 俺はそのシワだらけの顔に向いた。
「どんな車で来たんですか?」
「ホレ、そこのアレ」
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