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アジサイ料理のあじな味
「千マイルブルース」収録作品
下田公園のアジサイを見に行った俺は、アジサイ料理の店を出したいという女性と出会ったのだが……。
アジサイ料理のあじな味
『覚えてますか? 紫陽花です』
ある日、そんな件名のメールを受け取った。
アジサイ? はて、そのような源氏名のホステスはいたか? 怪訝に思いながら添付画像を開くと、アジサイをバックに女の子が笑っている。どこかで見たような……。メールを読むと、数年前に伊豆の下田で会ったとある。その時に名刺を貰ったと。そして文末に、ようやく夢が叶いそうです、とあった。俺は思い出した。アジサイの咲く、下田公園で会った子ではないか。そういえば、この複数枚の写真も俺が撮ってやったものだ。
![](https://assets.st-note.com/img/1703235700043-3n8YrhIxjK.jpg)
花になど興味のない俺が、伊豆の下田公園にアジサイを見に行ったのは、単なる時間潰しだった。時季外れのサンマ寿司がどうしても食いたくなり、下田市の見知った寿司屋の開店を待つために出向いたのだ。
![](https://assets.st-note.com/img/1703236351758-tRCPUhxEvm.jpg?width=1200)
二十種類、十五万株のアジサイは、たしかに壮観で見事だった。しかし、いくら味わいのある彩りでも、これだけ大皿で出されると、食傷気味になる。やはりこの花は、野に佇む一株、二株のほうが風情がある。で、石畳の道を戻ろうとした俺に、アジサイをバックに写真を撮ってほしいと近づいてきた女性が、彼女だった。
市内の料理店で働いているという彼女は、アジサイが大好きだと言った。可憐な色の変化がいとおしく、六月のこの時季は、暇があればアジサイを見にここに来ているらしい。今日も弁当持参でやってきたと笑う。
「私のアパートの敷地にも、アジサイが植えてあるんです。きれいですよ。微妙に土と肥料を変えていますから」
アジサイの色素は、酸性の土壌では青く、アルカリ性では赤くなるという。また、窒素とリンが多いと赤、カリが多いと青くなるらしい。
しかし、こちらとしては花より団子。腕時計に目をやり、サンマ寿司を食う予定があることを伝え、俺は失礼しようとした。すると、彼女が慌てたように行く手を阻んだ。
「そんな季節外れの冷凍物、おいしくないですよ。それよりも、ホントの『旬』を食べてみませんか?」
旬? 俺の好奇心のシッポを捕まえた彼女が、おいでおいでをしてベンチに腰かける。彼女はバッグからタッパーを取り出した。
「ようやく、今朝完成したんです。梅雨時には梅雨の花!」
「梅雨の花って、それってまさか……」
「アジサイです!」
「はあ?」
「じつはですね……」
アジサイが食材にならないかと、ずっと研究しているのだと彼女が熱く語る。俺は訝った。そんなものが食えるなど聞いたことがない。胡散臭く思っていると、彼女は胸を張った。
「生薬としても使われているから大丈夫です! ぜひ!」
そう言われてもなあ。あれ? もしかして俺に声をかけてきたのは……。
「試食者を探していたからなのか?」
彼女は、捕食者のような笑みを浮かべてタッパーの蓋を開けた。
「『コアジサイの葉の揚げ物』と、『シチダンカの花びらの和え物』です。どうぞ!」
どうぞって……。俺は、恐る恐る箸をつけた。
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