アイルランドへの憧れ
2009年3月11日~21日に訪れたアイルランド旅行記が、以前に閉じたブログから見つかった。「世界で一番美しい国」という私の中の不動の1位を15年近く保つこの国の旅路を、加筆してnoteに書き写そうと思い立った。
冒頭の写真は「一番美しい」と思う由縁になった風景だ。海になだらかに落ち込んでいく緑の丘、穏やかによせる波、ポツンとした佇む一軒家……アイルランドらしい牧歌的風景。いまでもこの写真を観ると心が和む。
実はここ、デヴィッド・リーン監督『ライアンの娘』のロケ地になったところでもある。帰国後、この映画のワンシーンと写真を見比べて興奮したものだ。
さてさて前置きが長くなった。全十数章からなるこの紀行文、ぼちぼちとおつきあいいただけたら幸いである。
☆☆☆☆☆
どのような旅にも、大なり小なり、きっかけというものがある。
天空の都市マチュピチュを見にペルーに行く、死ぬほどうまいビーフンを追い求めて台湾の米粉の生産地を訪れる、京都で新撰組浪士たちの墓参りをする。それはしごく一般的なものから、かなりマニアックと思われるものまで。(←2023年現在、台湾のビーフンだけまだ行けていない。)
世界の200近くある国で、ユーラシア大陸を挟んで日本の真反対、ヨーロッパ西端の北海道ほどの小さき国……アイルランドへ私をいざなったのは、ひとつの旅番組だ。
一人の男性が廃墟となった修道院跡にたたずんでいる。
建物は何世紀も前に崩れ落ち、壁を残すだけでほとんど姿をとどめていない。しかし墓地としては現役で、胸丈くらいの十字架が林立している。
その中で飛びぬけて背の高い十字架の目の前に彼はいる。
ハイクロスと呼ばれる、その十字架は男の背丈の倍以上はあり、全面におびただしい彫刻がほどこされていた。
アダムとイブ、最後の審判…だいぶ風化しているが聖書の主要な物語がそこに読み取れる。
その十字架の側面に刻み込まれた渦巻き模様を、彼は指でていねいになぞっている。
「この渦巻きは永遠の命を象徴しているそうですね。」と彼。
ひとつの渦巻きのほどけた一端は次の渦巻きを作るために投げ出され、ふたたびスパイラルの中心へ流れこんでいく。そしてまたその円周の一部が次の渦巻きを形作っていく。ひとつの生が次の生へと引き継がれていく…脈々ととどだえることのない魂の系図に深い想いを寄せながら、彼は渦巻きをゆっくりとたどっていく。
「ああ、この渦巻き模様に、魂の紋様に触れてみたい!この十字架が見てみたい!」その映像を見て、突如、衝動的思いがこみあげてきた。
ロケ地はダブリン北部のモナスターボイス。
「モナスターボイス、モナスターボイス…」
脳みそに刻みこむように、つぶやいてみる。
いままでなんとなく関心を持っていたアイルランドへの気持ちが一気に結実した瞬間だった。
「やばい、行きたいアイルランド…行かねば、行く時、行ってみよう!!!!」
そう決めた日から、旅経ちまで2年近くかかった。先立つものがないと飛行機には乗れない……。
2008年暮れ、フリーランスである夫の仕事が来年3月に忽然と空くことがわかった。ちょうどセント・パトリック・デーをはさむ日程だった。お金の蓄えもできたところだった。
「行くならこの時期でしょう!」
夫はほとんど妻の趣味にひっぱられ、アイルランドへ行くこととなった。
それでも旅行前にガイドブックを予習し、断崖がみたいと強く希望。アイルランド西部・モハーの断崖は必ず立ち寄ることに決まった。
2023年3月現在、アイルランドに行くきっかけとなった、この旅番組のことをまったく覚えていない(笑)人生、そんなもんだ。