イェーツ、いぇーい!
2009年3月11日~21日 アイルランド紀行12
3月14日 曇りときどき晴れ Donegal - Drumcliff - Sligo - Cong②
3月18日昼に南西部のケリー空港で車を返却して、飛行機でダブリンに戻るのが旅のスケジュールだった。あと4日で一気に南下しなくてはならない。北部ドネゴールに来たのは計算がなさすぎかと思いつつ、ひたすら南下する。
スライゴー州に入ると山々の稜線が特徴的になり、詩人イェーツが愛したベン・ブルベン山が近いことを告げていた。
ベン・ブルベンは山のいただきがテーブル状で平ら、斜面はスキーのジャンプ台のようにえぐれてかなりの急こう配だが、やがてなだらかに裾野を広げる。その男性的かつ女性的な山はまったくもって見あきなかった。
その山ふところにいだかれたドラムクリフの教会にイェーツは眠っている。
ウィリアム・バトラー・イェーツ。6月13日生まれ。
奇しくも私と同じ誕生日である。
この日生まれの有名人を調べると、お笑いの山田邦子さん、森口博子さん、俳優の宮内潤さん(「太陽に吠えろ!」ボン刑事)と、楽しくてパワー全開な方々が多い中に、しかつめ顔で詩を創作する文学者が入っているのは、ふたご座の二面性に思え、ひそかにうれしい。
そのイェーツの墓参りしようとドラムクリフの教会の敷地で彼の墓を探す。
意外にも、彼の墓標は四角くて黒く、簡潔だった。
詩人だから、もっとごってり装飾かと思いきや。
傍には後年亡くなった妻も埋葬されていた。
Cast a cold Eye On Life, On Death Hoseman, pass by!
(冷たい視線を生と死へ投げかけて 騎士は通り過ぎゆく)
墓石にはこの有名な詩とともに、私と同じ誕生日が刻まれていた。
そして驚いたことに、きっちりと私の100年前生まれだった。
「も、もしや生まれ変わり~!!!?」
百年前生まれだからといって、なんで生まれ変わりと思うのかさっぱりわからないが(笑)、ますますイェーツに勝手なご縁を感じた。
教会近くのお土産さんで昼食を取るか迷いに迷ったすえ、イェーツの詩に出てくる有名なハイクロスの絵はがきだけを購入。そのハイクロスの横を通過し、ベン・ブルベン山を惜しみながら、ドラムクリフを離れた。
スライゴー(Sligo)の街で休憩と昼食を兼ねて、イェーツ記念館1Fのティールームに入った。こじんまりと落ち着いた雰囲気で、窓にあしらわれたステンドグラスから薄曇りの陽がさしこんでいる。
注文したアフタヌーンティーセットは、具だくさんのサンドイッチとスコーン&クリーム、チーズケーキ、マシュマロの埋め込まれたチョコレートケーキ(とてつもなく甘そう!)が2段に盛られ、見たこともない巨大なポットに入った紅茶がついて、一人15ユーロ(2009年当時約1950円)。
安い!イギリスでこれだけのセットを頼んだら、もっとするだろう。
夫はアイルランドで飲む紅茶がいたくお気に召したらしく、カパカパと2リットルは入っているだろうポットをほとんど飲み干した。
アイルランドのお茶はイギリスと同じで、ティーパックであろうとどこで飲んでもおいしかった。水が硬水なのだと思う。
ティールームの2階はイェーツ資料室だったが、あいにく今日はお休みだった。「残念だね。」と言うひげの事務員に、「私はイェーツと同じ誕生日で、しかも百年後ぴったりに生まれたのに、観れなくてとても悲しい。」と、興奮気味にさっき知った事実を伝えた。
アイルランドの人にオーッと共感してほしかったのだが、「ふ~ん、そうなの。」と意外にもあっさり返された。話を聞くと、どうやら彼はドイツ人で各国を点々と移り住み、あまりアイルランドにもスライゴーにも思い入れはないようだった。
「近くにある県立博物館もイェーツの資料が置いてあるはずだよ。でもイースターまでお休みかも。まあ、行ってみて。」と、ひげの事務員が親切に教えてくれた。彼の言葉を頼りに、橋を渡ったワン・ブロック先の博物館に歩いていったが、はたして休館だった。アイルランドはイースター明けに開く施設が結構多く、やはりシーズンオフなのだとあらためて思う。
100年後の同じ誕生日に生まれたのにも関わらず、イェーツの展示物はまったく見れなかった。あれあれ、ご縁がなかったと一人盛り上がった興奮が冷めていくのだった。
※この旅行記は以前に閉じたブログの記事に加筆して、2023年3月noteに書き写しています。
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