グリーン・セント・パトリック
2009年3月11日~21日 アイルランド紀行19
3月17日 晴天
Killarney - Ring of Kelly - Killarney①
「曇りときどき晴れ」、これがアイルランドの天気なのだと納得しかけたときに、こつぜんと晴天が訪れた!ひょっとして、セントパトリックデーの奇跡なのだろうか!
そう、今日はセント=パトリックデー、聖パトリックの命日だ。
死んだ日がお祭りとは、ちょっと奇異な感じがするがこれも西洋と東洋の死生観の違いからくるのだろうか。
ホテルの部屋の窓に面した通りには朝早くから、緑の帽子をかぶった人たちが歩いていた。キリスト教の三位一体を、セント・パトリックが三つ葉のクローバーにたとえたことから、祭りでは必ずどこかに緑を身につける習わしがある。
私たちも祭りに溶け込みたくて日本の百均のようなスーパーに、緑のものを調達しにいった。私はバイキングがかぶる鉄兜型の帽子、夫はアリスの時計男がかぶっていそうな帽子を購入。さっそく身に着けて歩くと、街の人がにっこりと挨拶してくれるのがうれしかった。
午後2時からの祭りの準備で、キラーニーの街もかなりそわそわしていた。
大きな舞台やぐらが交差点の中央に組まれ、交通規制も始まった。
しかし今日はケリー周遊路を周りたくもあった。
二人でさんざん迷った挙句、キラーニーで祭りをみるのはあきらめて、ケリー周遊路のどこかの街でみようということになった。祭りはアイルランドの大きな街ならどこでもやっているらしいと、聞いたからだ。
風光明媚なケリー周遊路(リング オブ ケリー)は名前の通りグルっと周れるので、南周りで途中のケンメアという街でお祭りをみようということになった。
キラーニーの街を出ると、湖畔地帯となる。
晴天の太陽の反射が、美しいインディゴブルーの水面をつくりだす。
ドネゴールに向かう途中で見た湖も、コング近くのコリブ湖も、曇り空の下で輝きを失い灰色を帯びていたが、本当はこのように美しかったのかもしれない。湖にカヌーを浮かべている人もいた。こんな日にピクニックをしたら格別に楽しいにちがいない。
山間部に入り、クネクネ道を登っていくと、やがて「貴婦人の眺め(Lady's view)」というビュー・ポイントにさしかかった。
山と湖と空……その入り組み方が絶妙で、まあ、美しいこと。額縁に入れたような光景で、貴婦人の眺めとは、よくいったものだ。
そしてケンメアの街に入ったが、祭りの気配がない。やけに静かだ。
街の雑貨屋で聞いたら、果たしてケンメアではパレードを行っていない、という返事だった。
「スニーム(Sneem)のは13時からだから、もう間に合わないわね。見るならキラーニーね。14時からだから。」女主人は時計を見やりながら丁寧に答えてくれた。ケンメアはパレードを行うほどには、大きい街ではなかったのだ。
すでに13時を過ぎていた。
キラーニーに戻るべく、夫は素晴らしい集中力でなれないウネウネ道をグングン飛ばす。またたく間に「貴婦人の眺め」は後ろに吹っ飛び、湖のきらめきも去っていった。14時前にキラーニーに到着。行きは2時間弱かかったところを、わずか1時間足らずで帰ってきたことになる。夫、あっぱれである。
街中は交通規制で入れなかったので、郊外に路面駐車し、街まで20分かけて歩いていった。そしてたどり着いたのはちょうどパレードの始発点。パレードはまだ始まっていないようで、ガソリンスタンドの敷地で男性中心の楽隊が練習をしていた。
みんなタータンチェックのスカートをまとい、バグパイプをかついだ人もいて、さながらスコットランドのようだ。
興味深くその姿をビデオ撮影していたら、太鼓のおじさんが「おれも撮って」と言わんばかりに太めの身体をクルリと一回転して、茶目っけたっぷりに笑いかけてくれた。
パレードはバグパイプの楽隊から始まり、バグパイプの楽隊で終わるらしい。その2つの楽隊にはさまれて、地域の様々な団体が練り歩く。
馬車に乗ったかわいらしい小学生の集団、「拾った人には幸運が届くよ!」とロリポップキャンディーを投げる男の子たち、荷馬車の上でダンスを踊る人々や、宣伝看板をかかげた企業などもある。
ともかく種々雑多で、共通点は緑ものを身につけているということだ。
沿道の人はパレードの中に知りあいを見つけると、大きく手をふって声をかわしあっていた。
やがて遠くの方から、聞き知った曲が耳に届いた。
「サリーガーデン」、私が唯一アイルランド民謡として認識している曲だ。
先ほどガソリンスタンドで練習をしていた楽隊が近づいてきていた。彼らが演奏しているのである。
パレードのトリとして、おごそかに誇らしげに行進してくる一群の中に、ビデオの前で茶目っけいっぱいに一回転していたおじさんを見つけた。
しかしさっきのおどけた挙動はどこへ行ったやら……彼は真っ赤に顔を上気させて、真剣に太鼓をたたいていた。
サリーガーデンはどこか悲しくて、懐かしい……。
長く苦しい歴史を歩んできた人々が、晴れた空の下でお祭りを祝っている。喜びと忍んできた悲しみと……それらがおりまざった人生への愛しさが伝わってくる。
やがて楽隊の音が遠くへ去り、パレードは終焉をむかえた。人々は三々五々に散り始めた。
すでに15時をまわっていて、ケリー周遊路を一周するのは、もうかなわなかった。が、この晴れた空を無為にはしたくない。それならば半周、せめてスケリッグマイケルが見えるところまで行こうと、こんどは北周りに進路をとった。
※この旅行記は以前に閉じたブログの記事に加筆して、2023年春にnoteに書き写してます。