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私が幸せなんだから、世界も等しく幸せであって然るべきで
身にも詰まるような幸せな瞬間が訪れたとき、不思議な事が起きる。
大好きな人に抱きしめられたとき、舌がとろける大好物を食べたとき、手が届きそうな満点の星空を見たとき、小説を読み涙をながすとき。
自分から作り出したのではない、少しの幸運とあとは偶然。
それが運んできてくれた快感につつまれるとき、私は震えるほど幸福を感じてしまう。この一瞬が永遠に続きますように、いや、この一瞬でこの生涯が終わりますようにと思う。
この瞬間。
不思議だ。
私は自分の幸福を噛みしめると、ちゃんと同時に祈るのだ。
世界も、幸せな私と等しく幸せであって欲しいと。
幸福な自分に似つかわしいくらいに、私以外の全てもハッピーなバイブスで満たされて欲しいと。
そう感じたあと、しばらく私は世界に対して優しくなる。笑顔で生きて、丁寧な言葉で人と向き合うようになる。ほんの数十分だけ、な日もあるけれど。この世界を幸福にしたいからと、行動が変わる。
先に述べたとおり、至上の快感は私から生み出せるものではない。それは風がごとく、不確かで形が見えづらいもの。だからこそ、その風はいつ自分のほおを撫でるかは分からない。見逃さない感受性が大事だ。
実はこの世界は幸せで溢れていて、それをきちんと感じられてさえいれば、また私も世界を幸せにできるような、そんな気もしているから。
久しぶりに自分のために、文章を書いた。
足りないと思ったから。私にも世界にも優しさと幸福が。
風は今日も、きっと明日も吹いている。
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