ボーフォール王子と私
あなたは海派?
それとも山派?
何だかんだ言っても夏休暇ヴァカンスのことを考えるのは楽しいし一年の最大イヴェントである。
コロナ感染に怯えて暫くどこへも行けなかった私も少しずつ以前のように出かける事を頭に入れる様になった。
考えてみたらフランス国内でまだ未開発のところもたくさんあるのでこれで大人しくパリで守り体制に入るには早すぎると思った。
で、先程の答えであるが、私は断然海派である。理由は全く無いけれど、単に山を食わず嫌いしていただけのかなとあっさり認めよう。
日本にいた時に何回か山にも行ったけど、たまたまキャンプで雨に降られたとかそんなもので、富士山に登ったこともなかった。
そんなことでは山を語る資格ないよと言われたらまさにそのとおりである。
その状態で日本を離れた罰当たりな私を山の神が放って置くわけがなかった。
フランスに来て3年目位の時にまさに衝撃的な山との出会いがあった。
自分の行動に常に何の疑問も持たない私は突然フィットネスの合宿に参加申し込みをした。
一週間位であったが、その間毎日一日中ステップ、ハイ&ローダンス、そしてストレッチばかりをしていたような気がする。
場所はヴァル・ディゼール(Val-d'Isêre)といい、サヴォワ地方。冬はスキーの為に人々が集まり、夏は閑散となるのを防ぐ為に普段インドアで行われるようなスポーツ合宿を受け入れていたのでそこそこ人がいて活気もあった。
私は夜は一日の疲れでグッスリ寝ていたので何が起こっていたのか知らなかったが、皆夜はカラオケ、昼間も街まで繰り出して買い物などを楽しんでいたらしい。
それにしても着いた時から帰る時まで天気がよく、何より壮大な山の景色をバックにスポーツをすることがこんなに気持ち良いものだなんて生まれて初めての体験であった。
空気も美味しく、これこそが本当のフランスグルメだなという嬉しい発見。
正直いってバゲットにチーズとハムが最高のご馳走だと思った。
この合宿に参加していなかったら夏山の良さを知らずに通り過ぎていたのかと思うと本当にこの機会に感謝。
以前ローヌ・アルプ地方のシェーヴルチーズ生産者のお宅の山にお邪魔した時も感動したけれど今回の山の壮大さにはまさに大げさな私は「生きててよかった」と思ったくらい。
それでも今でも海派だけれどね。
一週間はあっという間に経ち、行きはシャトルバスで来た私も帰りは宿泊所で同室だった、とても親切なフィットネスのインストラクターに最寄りの駅まで送ってもらえることになった。
その途中車の中で彼女は地元の色々な話をしてくれて、ボーフォールチーズの生産者に立ち寄ってくれて、私はそこで土産にとボーフォールチーズを購入。
日本にいたときから知っていたが、値段が高い印象があった。でも実際そうでもなかった。
その時はボルドー市に住んでいたので家までは少しリヨン駅から時間がかかったが、到着してから早速チョットだけカットして食べるとあまりにも美味しくて、それは今まで自分が食べたボーフォールの中で紛れもなく一番、特に大地の味がしたことに感動したのは間違いなかった。
結局それは土産といっても殆ど自分が食べたのかどうかはご想像にお任せ。
それから20年以上経った先日の朝、私は突然ボーフォールの味と食感を思い出した。
あのとき以来、確か殆ど食べていなかったのにあの花のような香り、草木のような強い香り、そして胡桃のような味わい、柔らかいけれどしっかりした食感…、全てがまるで昨日食べたかのように蘇ってきた。
「買いに行こうっと。」
実は近所にMOFのチーズ屋がある。
MOF(Meilleurs Ouvriers de France)とはフランスの優秀職人のことである。
よく知られているのは料理や菓子、ソムリエ等であるがそれ以外の職人、例えば
家具職人、モザイク職人などにもMOF所持者はいるそうだ。
わかりやすいのは例えば料理人でユニフォームの襟がトリコロールカラーになっている人を見たらその人はMOFであると思えば間違いない。
近所のチーズ屋ショップのご主人は2004年にタイトル保持者となったそうであるが、未だにそうたくさんのチーズMOFはいない。
チーズだったら管理は勿論のこと、それぞれの食べ頃、美味しい食べ方、最適な保存法などをアドヴァイス出来るがどうかが大きなポイントだと思う。
せっかくだから、美味しい思い出のあるボーフォールを多少値段が高くても美味しく食べたい。
申し訳ないが保存管理の点でスーパーは信用していないのだ。
店は家から5分位のところにある。
しばしば客がはみ出て外に並んで長蛇の列を作ってしまうくらい小さな店なのだ。
その時は幸い客は私一人だったので写真も撮らせてもらい、ほんの少しのボーフォールを購入した。
ボーフォール自体はフランスのAOP(原産地呼称統制)で決められている通り上の写真の様にとても大きいが、希望の大きさにカットしてもらえる。
「このくらい?」と言ってチーズカット用のナイフを当てて聞いてくれるのでそれに答えれば良い。
早速家に戻って少しだけカットして食べてみるとやはり美味しい。
相変わらず濃厚だ。けど何かが違う。
そうだ口と鼻で感じるこの味わいは蜂蜜そのもの。その後口の中で長く残る。
「まるでワインのテイスティングだな。」と思った。
ボーフォール製造に使う牛はアボンダンス種と決められている。
私が食べたのはどのくらいのものかわからないが熟成期間は最低5ヶ月と決まっているから見た目や味わいからしてそんなに古くはないであろう。
私は自分が以前食べたのが夏だったので食べ頃は夏だと勝手に思い込んでいたがチーズやさん曰く、「夏に作るから食べ頃はむしろ冬。今時はまだイケるよ。」とのこと。特に6月から10月あたりに作られたものは<Éte(夏)>や、<alpage(山の牧草地)これは生産される場所の標高も関係してくる>と表記することが可能だそうだ。
クラシックなものには冬に作られるものもあるそうだが。
さらには、あの法律家、政治家でありながら美食家であり、食に関する数々の名言を残したブリアサヴァラン大先生が
<チーズの王、或いはプリンス>と絶賛されたとか。
ダイナミックで気高く、時にはナイーヴな一面も垣間見せてくれる、そんな感じかな。
さて、そんなボーフォール王子と結婚させたらめでたしなワインはご近所(ジュラ地方)のヴァン・ジョーヌ姫(?)が抜擢されるとして、二人の仲を取り持つのはやはり胡桃パンかな。
ヴァン・ジョーヌは直訳すると<黄色いワイン>。
これまた独特な味と香りを持ち、シェリー酒に似ている。
よかったら是非一度お試しを。
また、ボーフォール王子はチーズ・フオンドュにしても良いという噂もあるが、私的にはそのままがおすすめ。
たとえ冷蔵庫の野菜室で保管したとしても食べる時には室温にしないと特徴が出てこないことをお忘れなく。
それではボナペティ!