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さすらいの猫からのメッセージ

昨年10月末以来美術館なし、映画もなし、演劇、 ダンス等の鑑賞もなし。更に先日のロックダウン宣言からギャラリーも閉鎖…。文句言ってばかりは精神的に良くないのは重々承知だが、この状態がこれ以上続くとそろそろ気が狂いそう。


そんな私達に神からのプレゼントがあった。ベルギーの有名アーティスト、フィリップ・グルックの エキジビジョンがスタートしたのである。私は早速4日目に行ってみた。何故かというと、単に初日と土日は混雑するかなと言う考えからであった。この展覧会は2021年3月25日に始まって、6月9日迄シャンゼリゼ通りのうちコンコルド広場から真ん中のロータリーまでおよそ1kmの片側の遊歩道に20体の巨大な猫(各身長2m70cm)の彫刻が間隔をおいてずらりと一列に並んでいる屋外エキジビジョンなのである。

フィリップ・グルックは風刺漫画家で知られているが、イラスト、コラムニスト、俳優と、多方面で活躍しており、実は彫刻も以前から手掛けていると言う事で、今回の様な企画は彼にとって願ってもない事であっただろう。会場を決める時、パリ市長のアンヌ・イダルゴに要望を聞かれ、この場所を提案した。ルーヴルやオルセーなどの美術館は閉館中なので不可能、画廊も不可能ということであるが、グルックは迷いもせずにシャンゼリゼの、屋外会場を選んだ。展示の彫刻自体はほとんどモノトーンだが、背景に凱旋門、シャンゼリゼ通り、グランパレ、そしてコンコルド広場を見ながらの展覧会なんて、まさに逆境を理想の環境にしてしまったと言えよう。

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エキジビジョンのテーマは<さすらいの猫>、フランス語で<Le chat déambule>である。chatは猫、déambuleはあてもなく、偶然にまかせて歩き回る、という意味で<さすらいの猫>という日本語タイトルを思いついた。おデブちゃんで愛嬌のある猫ちゃんの作品のほとんどはユーモアに溢れたもので、見学者を笑わせたり、無言で何か言いたげだったり、また撫でてあげたいという気持ちにさせたりする魅力たっぶりのキャラクター、しかしながらこの猫ちゃんの正体は今のところ謎。名前も年齢もわからない。

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作品内容に少し触れてみると、私のお目当てはこのチョットお腹の出ているバレエダンサー。本人(猫)は真剣かも知れないけれど、クスっと笑ってしまう。腕はこれ第5ポジションのつもりだろうけれどそうは見えないし、なんと言ってもチュチュが似合わなすぎる…、まるで私がバレエを習っていたときみたい。自分では気取ってカッコつけて踊っていても実はこんな感じだったかも。でも中には見捨てないで怒りながらも注意してくれた優しい先生もいたっけな、なんて各自自分に当てはめたりして過去を思い起こしたりするのもo.k.

そう、この猫のおかしさは自分の中にも潜んでいるんだなと発見すると、親しみや、愛着も湧いてくる。何か肩の力がスッと抜けてくるようだ。

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この(すぐ上の)作品のタイトルは<ロミオとジュリエット>である。「おお、私のロミオ…。」と囁いたかどうかは知らないが、この巨漢の猫ロミオが数段梯子を登った頃には鳥のジュリエットは飛んで行ってしまうであろう。おお、やはり儚い恋…。見る角度を変えるとまた違った味わいがあってイイ感じ。悲劇も喜劇になってしまう。

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中にはただ笑うだけでは済まされない作品もある。

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これ一見何だか解らなかったがタイトルを見ると<猫の殉教>…!そこで咄嗟に私の職場でもあるルーヴル美術館の展示作品のなかにある、イタリアのルネッサンスの巨匠のうちの一人、マンテーニャ作の名画<サン・セバスチャン>を思い起こすのであった。柱に縛り付けられてカラフルな矢を体に受け苦しむ聖セバスチャンを猫は見事に(?)演じているのであった。聖セバスチャンはベストから信者を守ったと言われた。現在の世界の危機であるコロナ問題からこの猫が我々を守ろうとしてくれているのかと思うとなんか不思議、だが愛おしくさえ思える。

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更に猫は環境問題についても語り始める。相変わらずムチムチした体の持ち主である猫は一見奇妙なことをしている様に見える。担いでいるのはどうやら地球のようだ。よく見ると中に入っているのはプラスチックのペットボトルというのがわかれば彼が何を言いたいのかがピンとくる。地球の環境を悪化させているのはゴミ、とくに空になったペットボトルをそのへんにポイ捨てして平気で行ってしまう人々の責任は重い。それを猫は一人で背負っているのである。


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さて、20作品を一通り見学した後もう一度<ダンサーの猫>をじっくり見ようとして戻ると、何やら人だかりが。何とフィリップ・グロック本人が彫刻の横でインタビューを受けている最中であった。帽子をかぶってマスクをしていた。人当たりの良さそうな、穏やかな感じの方で、通り過ぎた私に手を振ってくれた。パリには今回3,4日の短期滞在だったそうで、アーティストを間近で見れたなんて大変ラッキーであった。ただ、こんな時でなければ近づいていって一緒に写真の一枚でもと思ったであろうけれど。

このエキジビジョンは6月上旬までパリで行われたあと、ボルドーに移動する。なんと2021年のワイン フェスティバル開催に合わせて、川沿いで展示が行われるそうだ。これも行ってみたくなる。その後はノルマンディー地方まで北上し、さらに秋にはオキシタニー地方のロデーズという町にあるスーラージュ美術館にまで足を伸ばし、なんとそこでは25作品をスーラージュの作品と並べて展示する予定らしい。そして最終的にはブリュッセルまで戻るそうだ。そこでは2023年に猫博物館がオープンする予定がある。今後まさに楽しみである。

そこ迄順調な足取りに対して、勿論批判も多少ある。先ずは現在のパリの事情を利用してイヴェントとしてライヴァルが全くいない(文化関係の催しが全く無い)という状況で、入場無料とはいえ観客が集まってくるのは当然であろうという声があがっている事。ライヴァルがいなければメディア等で優先的にとりあげられ、グルックというより、地域全体の評判があがり、後の地方選挙などに関係してくるという政治的策略が背後に潜んでいるという意見がある。2つ目はパンフレット等用意する事が不可能である代わりに、QRコードを使ってスキャンすれば簡単にサイト、アプリ経由で様々な情報が入手できるのだが、そこからこのエキジビジョンのカタログ等はともかくとして、オリジナルキャラクターマスクなど購入が出来る様になっていて、こういった利益絡みのアイディアに非難が多少なりとも集まっている様である。さらには、単に猫の風采が趣味悪しという意見もある。


しかしながら、リュクサンブール公園やチュイルリー公園の様な緑の中を彫刻を鑑賞しながらの散歩とはまた違って、普段味わえない、しかも子供から大人まで楽しめて、よく笑いながら嫌なことを忘れて(ソーシャルディスタンスは心に留めて)ひと時を過ごせるなんて今の時制にはまさに貴重なことである。アーティスト、企画者、スタッフに感謝。

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