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労働者に就労請求権はあるか

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 今日は、労働者に就労請求権があるのか、つまり、使用者側は労働して欲しいとは思っていない場合でも、労働者から就労させて欲しいという請求があれば、それを拒むことができないのか、という問題をピックアップします。

労働契約上の義務と権利

 労働契約法には、以下のような定義規定があります。

第2条 この法律において「労働者」とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう。
2 この法律において「使用者」とは、その使用する労働者に対して賃金を支払う者をいう。 

 つまり、労働者は、賃金を支払ってもらう代わりに労働する義務を負い、使用者は労働者に賃金を支払う義務を負う、とされています。

 この、義務が労働契約上の基本的な義務です。

 義務があるということは、相手方はその義務に対応する権利を持ちます。

 つまり、使用者は労働者に労働を提供するように求める権利があり、労働者は使用者に対して賃金を支払うよう求める権利がある、ということになります。

一般的に就労請求権はない

 労働契約法上、労働者には「労働する義務」があることは明らかですが、「労働する権利(就労請求権)」、つまり、使用者に対して仕事に就かせて欲しいと請求する権利はあるのでしょうか。

 たとえば、解雇した労働者から解雇無効の請求をされ、判決で解雇の無効が言い渡された場合、使用者は当該労働者に対して以後の賃金を支払えば義務を果たしたことになるのか、それとも当該労働者が職場復帰を求めてきた場合はそれに応じなければならないか、という問題です。

 このような場合に労働者に就労請求権があるとするなら、使用者側は、賃金を支払う義務を果たすだけでは足りず、労働者が職場に復帰して働くことを許容しなければならなくなります。

 しかし、多くの裁判例や学説は、一般的には労働者に就労請求権はない、としています。

読売新聞社事件(東京高等裁判所昭和33年8月2日決定)
・・・労働契約においては、労働者は使用者の指揮命令に従って一定の労務を提供する義務を負担し、使用者はこれに対して一定の賃金を支払う義務を負担するのが、その最も基本的な法律関係であるから、労働者の就労請求権について労働契約等に特別の定めがある場合又は業務の性質上労働者が労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合を除いて、一般的には労働者は就労請求権を有するものでないと解するのを相当とする。・・・
日本自転車振興会事件(東京地方裁判所平成9年2月4日判決)
・・・一般に、雇用契約は、双務契約であって、契約の一方当事者である労働者は、契約の本旨に従った労務を提供する義務を負い、他方当事者である使用者は、提供された労務に対する対価としての賃金を支払う義務を負うが、特段の事情がない限り、雇用契約上の本体的な給付義務としては、双方とも右の各義務以外の義務を負うことはない。したがって、特段の事情がない限り、労働者が使用者に対して雇用契約上有する債権ないし請求権は、賃金請求権のみであって、いわゆる就労請求権を雇用契約上から発生する債権ないし請求権として観念することはできない。・・・

就労請求権が認められる場合もある

 ただし、以下の場合には、就労請求権が認められます。

① 労働組合法27条の12に基づく原職復帰命令

 使用者の不当労働行為に対して、労働委員会が出す命令ですが、その内容が原職復帰命令であり、その命令が確定した場合には、使用者は労働者の原職復帰を拒むことができません。

(救済命令等)
第27条の12 労働委員会は、事件が命令を発するのに熟したときは、事実の認定をし、この認定に基づいて、申立人の請求に係る救済の全部若しくは一部を認容し、又は申立てを棄却する命令(以下「救済命令等」という。)を発しなければならない。 

 このように法律上の根拠がある場合には、就労請求権が認められます。

② 労働契約の特約や就業規則の定めがある場合

 労働契約書や就業規則に、就労禁止事由が限定的に列挙されているような場合には、それらの列挙された事由以外の場合には労働者に就労請求権があると考えられます。

③ 労働者が特別の合理的利益を有する場合

 特殊な技能を有する労働者が少しでも職場を離れると技能が著しく低下するような場合には、業務の性質上労務提供につき特別の合理的理由が認められ、就労請求権が肯定されることがあります。

株式会社スイスの事件(名古屋地方裁判所昭和45年9月7日判決)
 飲食店を営む会社に雇用された調理人について、「調理人はその仕事の性質上単に労務を提供するというだけでなく、調理長等の指導を受け、調理技術の練磨習得を要するものであることは明らかであり」、「調理人としての技量はたとえ少時でも職場を離れると著しく低下する」として、特別の合理的利益を認め、就労妨害禁止の仮処分を認容。

 ただし、このような“特別の合理的利益を有する場合”というのは、そうそう認定されません。

使用者が気を付けること

 一般的に労働者に就労請求権がない、といっても、労働者の就労の利益を不当に侵害することはできません。

 つまり、合理的な理由もないのに職場に来ることを拒むなど、就労拒否が労働法に違反するような場合や信義則違反になるような場合には、不法行為として損害賠償請求の対象となりえます。

 就労拒否が正当な権利の行使であると言えるようにするために、労働契約や就業規則の内容を整備しておかなくてはならないですね。

 

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