パワハラとうつ病の因果関係が認められるのはどんなとき?
おはようございます。弁護士の檜山洋子です。
更年期障害なのか最近はイライラすることが多く、「あぁ、こんな時にパワハラをしてしまうのか・・・」と人ごとのように思ってしまうことがありますが、男性にも更年期障害のようなものがあるんでしょうか。
2022年4月に、パワハラ防止法が全ての規模の会社に適用されることになり、パワハラ防止方針の明確化、相談体制の整備、パワハラに関する労使紛争解決体制を整えることが義務化されました。
ここまでしなければならないほど、パワハラの数は増えています。
そして、パワハラを理由として精神疾患を発症し、職場に復帰できなくなるケースもあります。
パワハラ被害者本人がパワハラ行為者や会社を相手取って訴訟を提起することは、パワハラ発生件数に比較して多くないようです。つまり、泣き寝入りをしているケースが結構あるらしいのです。
しかし、被害者が亡くなってしまった場合には、遺族から訴訟を提起される割合は増えてくると思われます。
訴訟になれば、パワハラ行為と精神疾患発症や死亡との因果関係が問題となり、原告が因果関係の存在を立証しなければなりません。
今年6月に神戸地裁で出された判決(令和4年6月22日判決)では、パワハラ行為とうつ病発症及び自殺との間の相当因果関係が否定されました。
なぜ相当因果関係が否定されることになったのでしょうか。
パワハラ行為の存在
平成21年4月に兵庫県警に採用されたAは、平成27年10月、自宅で自殺しました。
そこで、Aの両親が、県警におけるパワハラが原因で自殺に至ったと主張して、兵庫県に対して逸失利益や慰謝料等を求めて訴訟を提起しました。
裁判所は、まず、以下のような行為はAに対するパワハラであると認定しました。
① パワハラその1
(事実)
平成27年7月初めころ、記載すべきミスの内容や期間等の具体的な指示をせずに、ミス一覧表の作成・提出を命じ、また、Aが同年9月中旬頃及び同年10月5日に、それぞれ2,3個のミスを記載したミス一覧表を提出した際には、Aのミスがもっと多いことやカンニングの件もミスに当たること等を指摘して、再提出及び小隊での話し合いを命じた。
(評価)
Aに対し、巡査長Bの考えるAのミスをBの思いつく数だけ記載させるものであって合理性に乏しいし、Bは機動隊内でAよりも先輩で年齢も上であり、Aが自身の指示に逆らえないことを認識しながら、平成27年7月以降約3か月にわたって、ミス一覧表のような書類の作成・提出を求め続けるとともに、再提出や小隊内での話合いを命じていたことからすれば、Aに対し、書類作成の負担のほか、周囲に迷惑をかけているとの精神的苦痛も与えるものであったということができる。
BのAに対する上記の行為は、Aにミスの多さ等を自覚させてその改善を促すとの意図をもってされたものであるとしても、その態様が社会通念上相当性を欠き、違法なパワハラ行為等に該当すると認められる。
② パワハラその2
(事実)
Bは、平成27年10月3日、ナンバープレートの件に関してAが報告書を提出していなかったことから、公休中のAを呼び出して、報告書を提出するように叱責した。
(評価)
Aを呼び出して、報告書を提出するよう叱責する必要性・ 緊急性のない状況であったにもかかわらず、Bは、公休日で寮の自室に戻っていたAをわざわざ呼び出して、報告書を提出するよう叱責したものであり、指導としての態 様は不適切であり、Bの指示に従わざるを得ないAに対して、精神的苦痛を与えるものであった。
同行為は、社会通念上相当性を有する指導の範疇を超えるものであって、違法なパワハラ行為等に該当するというべきである。
③ パワハラその3
(事実)
Bは、平成25年9月23日にA他1人に対して、試験でカンニングをした旨を叱責し、平成27年10月6日にはAに対して試験でカンニングをしたことを認めるように問い詰めた。
(評価)
Bは、装備係の業務とは全く関係がない、そもそもカンニングとして強く非難されるような行いではない約2年前の出来事を持ち出して指摘するだけでなく、カンニングを否定するAに対し、これを認めるよう追及したものである。 そして、同行為は、Aに対し、その意に沿わない事実等を認めるよ う強要し、精神的苦痛を与えるものであるから、社会通念上相当性を有する指導の範疇の行為とはいえず、違法なパワハラ行為等に該当すると認められる。
④ パワハラその4
(事実)
Bは、平成26年3月以降、運転日誌等の記載ミスをしたAに対し、月に2~3回程度の頻度で、怒鳴って叱責していたほか、「運転辞めてまえ」 等と怒鳴 ったり、平成27年4月以降には、数回程度Aが記載ミスをした個所に、「ボケA」と記載した付箋を貼ったり 、同年9月以降には、Aが鍵の払い出しに行った際に、「お前は運転員じゃない」として、これに応じなかったりした。
(評価)
これらの態様は、暴言や嫌がらせと評価されるような不適切なものであったといえる。
Bは、誰に対してもそのような態度で叱責していたわけではないので、ミスの多い後輩であるAに目をつけて、ことさらAに厳しく対応していたと見るのが相当である。
そうすると、このような態様による叱責が、指導として社会通念上相当性を有するものとは認め難く、これがAに対し精神的苦痛を与えるものであることは明らかであるから、これらの行為は違法なパワハラ行為等に該当する。
パワハラ行為とうつ病との関係
以上のように、Bの行為は違法なパワハラ行為であると認定されました。
しかし、これらの行為の中にはその時期とうつ病発症の時期が離れているものがあることや、うつ病を発症するほどの強度なものであるとは認められないとして、うつ病との因果関係は否定されました。
また、自殺との関係についても、自殺に追い込まれるほどの強度の精神的負荷を与えるものであったとは評価できないとされました。
会社が気をつけるべきこと
この裁判では、うつ病や自殺との因果関係は否定されましたが、パワハラの存在自体は認められています。
パワハラがあれば、うつ病を発症する危険性があります。パワハラの程度が軽ければ、結果的に因果関係が否定されることはあるのかもしれませんが、そのような危険性と隣り合わせのビジネスをすることは避けなければなりません。
「ビジネスと人権」の重要性が取り沙汰されることの多い昨今、うつ病等との因果関係がなければそれでいい、という考え方は棄てなければなりません(本件裁判において、兵庫県警がそのような考えを持っていたと言っているわけではありません。)。
パワハラを根絶することはもちろんのこと、より一層人権を尊重して明るい職場環境作りに励むようにしてください。