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有期労働契約の更新上限規定の有効性

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 今日は、有期労働契約の更新上限規定に基づいてされた雇止めが無効と判断された最近の裁判例(徳島地方裁判所令和3年10月25日判決(A学園事件))を紹介します。

有期労働契約の更新

 有期労働契約は、労働契約の期間が1年とか半年とか、短いものでは1か月などと定められた労働契約ですが、契約が何度も更新されていくと、期間の定めのない労働契約(「正社員」)と実質的には同じ契約形態になっていきます。
 特に、契約更新の際になんらの書面確認もなく、何ごともなかったかのように更新が積み重ねられていくと、労働者側は、期間の定めなく働く正社員と違いを意識しなくなってきて、契約が期間満了ごとに更新されている意識すらなくなっていることもあります。

 労働契約法は、そのような労働者側の期待を保護するため、次の規定をおいています。

(有期労働契約の更新等)
第19条 有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
① 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
② 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

労働契約法

契約更新への合理的な期待

 この労働契約法19条2号は、「有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由」があるときに、その「申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす」こととしています。

 更新に対する合理的な期待が何をもって判断されるかは、条文上は明確ではありませんが、A学園事件(徳島地方裁判所令和3年10月25日判決)は、以下のように判断することを示しました。

 労契法19条2号所定の契約期間満了時点における契約更新を期待する合理的な理由の有無を判断するに当たっては、 当該雇用の臨時性・常用性、更新の回数、雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用契約の更新に対する期待をもたせる使用者の言動の有無などの客観的事実を総合考慮することが相当である。

徳島地方裁判所令和3年10月25日判決

 そして、A学園事件について、以下の諸事情を総合的に勘案して、雇用契約更新を期待することについて合理的な理由があったと判断しました。

① 平成18年4月1日以降平成25年3月までの時点でも毎年4月頃に有期労働契約を更新しており、更新の回数及び雇用の通算期間は相当多数回かつ長期間に及んでいる。
② 更新手続きは、事務長から5~10分程度、簡単な更新の意思確認を受け、その希望次第で更新することができていたから、その更新手続自体が原告に雇用契約更新に対する期待をもたせるものであった。
③ 原告が一貫して従事してきた業務は臨時的な業務ではなく、常用性があった。
④ 本件雇止めに至るまでの間、他の時間雇用職員が雇止めされたことがない。 

更新上限規定

 ところが、このケースでは、平成25年3月に「期間業務職員及び時間雇用職員の再雇用の取扱いについて」という社内基準を一部改正し、同年4月1日以降に再雇用される者の契約期間は通算5年を超えることができない旨を定めました。

 そして、この規定に基づいて、原告の平成29年度の契約更新が拒絶され他のです。

 しかし、裁判所は、この規定の存在によっても原告の更新に対する合理的な期待が否定されるわけではない、と判断しました。

・・・有期労働契約における労働者、特に、本件上限規定が定められた時点で、相当回数にわたって、契約が更新されてきた原告にとって、今後の更新可能回数を制限することが労働条件の不利益更新に当たることは明らかであるところ、一般に、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、更新可能回数を制限する本件上限規定や不更新条項といった不利益な変更は、たとえ、これらが雇入通知書に記載され、これに対して労働者が具体的に異議を述べていなかったと しても、その事実のみで、当該労働者が承諾したとみるべきではなく、当該労働者の自由な意思に基づいて承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきものであり(最高裁平成25年 (受) 第2595号同28年2月19日第2小法廷判決・民集70巻2号123頁参照)、そのような事情を踏まえて、雇用契約が更新されることについての合理的な理由が消滅したかを検討すべきである。

徳島地方裁判所令和3年10月25日判決

 そして本件においては、以下の事情があるので、原告の更新に対する合理的な期待が否定されることはないとしました。

① 被告は、原告に対して、本件上限規定が定められたことを告げるにとどまり、相当回数にわたって契約更新がされてきた労働者の取扱いに特に言及することもなく、原告から本件上限規定に係る承諾書の提出を拒絶されたにもかかわらず、本件決定のわずか数週間後に、本件基準を一方的に雇入通知書に追加して記載したにすぎない。
② 雇入通知書には、「雇用の更新は、労働者の勤務成績・態度・能力及び業務上の必要性により判断する」 などとあたかも更新される余地があると読むことができる記載もされている。
③ 被告は、平成29年4月の本件労働契約締結の際にも、原告に対して、単に、不更新条項が付された雇入通知書を交付して、更新がない旨を伝えるにとどまっており、本件雇止めをする必要があることについて合理的な説明もしていない。
④ P6教授を中心とする被告職員の一部が、被告に対し、平成25年5月頃から、本件上限規定を定める本件決定につき、抗議を行うとともに、同29年3 月からは、本件上限規定を理由とする雇止めにつき抗議を始め、被告もこれ に応じて有期雇用職員の雇用期間に関する説明会や意見交換会を開催した。
⑤ 被告の教授会においても本件上限規定を理由とした雇止めの是非が議論されていた。
⑥ 原告が、このような本件上限規定を理由とした雇止めに対する一連の反対運動について、P6教授から情報提供を受けていた。
⑦ 同年12月の 時点で、本件上限規定に例外が定められ、時間雇用職員の一部について通算上限期間5年を超えて雇用されることが可能となった。
⑧ 原告は、本件雇止め前の同30年1月頃に、労働組合を通じて、被告に対して団体交渉を行った。
⑨ 雇止め前から後任者を募集・採用した(雇止めをせざるを得ない経営状態であったとはいえない)。

無期労働契約への転換

 この裁判では、契約の更新が認められただけでなく、無期労働契約への転換(労働契約法18条)も認められました。

 有期労働契約の通算期間が5年を超える場合には、無期転換権にも配慮しておく必要があるということです。

 この裁判では、細かい事実認定の上で雇止めの有効性が判断されていますので、実際の現場において雇止めできるかどうかを判断する際に参考にしていただけるものと思います。


 




 

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