がまんしているだけです
おはようございます。弁護士の檜山洋子です。
昨年6月に、パワハラ防止法が施行され、中小企業は2022年4月から施行されることになっていますが、これによって、会社はパワハラに非常に敏感になってきているものと思われます。
その反面、パワハラ問題の陰でセクハラ問題は少しなりを潜めているようにも見えますが、実際のところはどうなのでしょうか。
ハラスメントの被害者は、自分にも非があると思っていたり、自分の我慢が足りないと思ってしまっていることがあり、特にセクハラの場合は、そのそ内容を公にしにくいということもあって、その芽を摘むのはなかなか難しい問題です。
また、被害者が我慢すればするほどハラスメントの行為は長期化して時に悪化していく可能性があるのですが、被害者が拒否の姿勢を明白に示さないことで、ハラスメント行為の違法性は低くなるのでしょうか。
セクハラによる懲戒処分が重すぎるのかどうかが問題となった事案で、被害者が明白な拒否の姿勢を示さなかったことがポイントになった裁判例がありますので、今日は、その裁判例を紹介します。
事案の概要
L館事件と呼ばれるこの事件は、大阪の海遊館を経営する会社の事件です。
【加害者と被害者の勤務体系】
加害者X1は、平成3年に入社し,平成21年8月から営業部サービスチームのマネージャーの職位にあり、平成24年3月当時、会社の資格等級制度規程に基づき、M0(課長代理)の等級に格付けされていました。
もう1人の加害者X2は、平成4年に入社し、平成22年11月から営業部課長代理の職位にあり、平成24年2月当時、会社の資格等級制度規程に基づき、X1と同じくM0の等級に格付けされていました。
会社の営業部は営業チームとサービスチームで構成されており、営業部の事務室内では、サービスチームの責任者の役割を担うマネージャーであるX1、同チームの複数の課長代理の1人であるX2、売上管理等を担当していた被害者の女性従業員A(昭和56年生)及び拾得物を担当していた被害者の女性従業員B(昭和61年生)を含む20数名の従業員が勤務していました。なお、従業員Aは、営業部の事務室の一部を壁で仕切った精算室において、主任のCとともに勤務していました。
被害者Aは,D社から会社に派遣されている派遣社員であり、被害者Bは、D社の従業員としてD社が会社から請け負っている業務に従事していました。
【会社のセクハラに対する体制】
会社の就業規則には、社員の禁止行為の一つとして「会社の秩序又は職場規律を乱すこと」が掲げられ、就業規則に違反した社員に対しては、その違反の軽重に従って、戒告、減給、出勤停止又は懲戒解雇の懲戒処分を行う旨が定められていました。また、社員が「会社の就業規則などに定める服務規律にしばしば違反したとき」等に該当する行為をした場合は、会社の判断によって減給又は出勤停止に処するものとされていました。
セクハラ禁止文書もあり、そこには、禁止行為として「①性的な冗談、からかい、質問」、「③その他、他人に不快感を与える性的な言動」、「⑤身体への不必要な接触」、「⑥性的な言動により社員等の就業意欲を低下させ、能力発揮を阻害する行為」等が列挙され、これらの行為が就業規則の禁止する「会社の秩序又は職場規律を乱すこと」に含まれることや、セクハラの行為者に対しては、行為の具体的態様(時間、場所(職場か否か)、内容、程度)、当事者同士の関係(職位等)、被害者の対応(告訴等)、心情等を総合的に判断して処分を決定することなどが記載されていました。
会社は、職場におけるセクハラの防止を重要課題と位置付け、セクハラ禁止文書を作成してこれを従業員らに周知させるとともに、セクハラに関する研修への毎年の参加を全従業員に義務付けるなど、セクハラの防止のために種々の取組を行っていました(つまり、加害者らも、自分達の行為が許されないセクハラ行為であることを認識できていたはずでした)。
【加害者らのセクハラ行為】
X1は、営業部サービスチームの責任者の立場にありながら、Aが精算室において1人で勤務している際に、Aに対し、自らの不貞相手に関する性的な事柄や自らの性器、性欲等について殊更に具体的な話をするなど、極めて露骨で卑わいな発言等を繰り返しました。また、X2は、上司から女性従業員に対する言動に気を付けるよう注意されていたにもかかわらず、Aの年齢やAやBがいまだ結婚をしていないことなどを殊更に取り上げて著しく侮蔑的ないし下品な言辞で同人らを侮辱し又は困惑させる発言を繰り返し、派遣社員であるAの給与が少なく夜間の副業が必要であるなどとやゆする発言をするなどしました。
このような加害者の行為は、職場において1年余にわたり繰り返されました。
【懲戒処分の内容】
会社は、X1に対し30日間、X2に対し10日間の出勤を停止し、降格する旨の懲戒処分をしました。その結果、Xらは給与と賞与が減額されることになりました。
なお、Aは、Xらの本件各行為が一因となって、D社を退職し、本件水族館における勤務を辞めました。
Aは、Xらのセクハラ行為等について、Xらによる報復や派遣元であるD社の立場の悪化を懸念し、Xらに直接抗議したり会社に訴えたりすることを控えていましたが、本件水族館での勤務を辞めるに当たり、職場に残るBや後任者のことを考えて、Bとともに会社に対して被害の申告をしました。
原審(大阪高裁)の判断
Xらは、本件の会社の下した懲戒処分が重すぎるとして、出勤停止・降格処分の取消しを求めて訴訟を提起しました。
この請求に対し、大阪高等裁判所は、以下のように述べて、Xらの請求を認めました(大阪高等裁判所平成26年3月28日判決)。
A供述等によれば、X1は、精算室にAが一人でいるときに、ニヤニヤしながらヒソヒソ話のように話しかけてきたものの、一方的に話をするだけで、特にAの反応をみるような素振りはなかったこと、Aは、Xらの言動について本人らに直接明確な抗議をしたことはなかったこと、Aは、E主任であれば、X2の懲戒事由にあるような発言をされても特に気にならず、そのことをXらは認識していたことが認められ、これらの事実からすると、本件各懲戒該当行為については、Xらが、Aの意に反することを認識しながら、又はAに対する嫌がらせを企図してあえて行ったものとまでは認められず(X1がニヤニヤしながらヒソヒソ話のように話しかけたことについては、その発言内容自体の卑猥さや表現の露骨さ自体を理由とするものと考えても特段不自然ではない。)、むしろ、Xらの供述等によれば、Xらは、いずれもAとは仲が良く、本件各懲戒該当行為のような言動もAから許されていると勘違いをした結果、それらの行為に及んだものと認められるから、Xらが、Aから明確な拒否の姿勢を示されたり、その旨会社から注意を受けたりしてもなおこのような行為に及んだとまでは認められない。
最高裁判所の判断
この大阪高等裁判所の判断をひっくり返し、最高裁判所は、以下のように述べて、会社の下した懲戒処分は有効であるとしました。
・・・同一部署内において勤務していたABに対し、Xらが職場において1年余にわたり繰り返した上記の発言等の内容は、いずれも女性従業員に対して強い不快感や嫌悪感ないし屈辱感等を与えるもので、職場における女性従業員に対する言動として極めて不適切なものであって、その執務環境を著しく害するものであったというべきであり、当該従業員らの就業意欲の低下や能力発揮の阻害を招来するものといえる。
しかも、会社においては、職場におけるセクハラの防止を重要課題と位置付け、セクハラ禁止文書を作成してこれを従業員らに周知させるとともに、セクハラに関する研修への毎年の参加を全従業員に義務付けるなど、セクハラの防止のために種々の取組を行っていたのであり、Xらは、上記の研修を受けていただけでなく、会社の管理職として上記のような会社の方針や取組を十分に理解し、セクハラの防止のために部下職員を指導すべき立場にあったにもかかわらず、派遣労働者等の立場にある女性従業員らに対し、職場内において1年余にわたり上記のような多数回のセクハラ行為等を繰り返したものであって、その職責や立場に照らしても著しく不適切なものといわなければならない。
そして、Aは、Xらのこのような本件各行為が一因となって、本件水族館での勤務を辞めることを余儀なくされているのであり、管理職であるXらが女性従業員らに対して反復継続的に行った上記のような極めて不適切なセクハラ行為等が上告人の企業秩序や職場規律に及ぼした有害な影響は看過し難いものというべきである。
原審が認めたXらの主張に関しては、以下のように述べて否定しました。
① Aが明白な拒否の姿勢を示していなかったので、許されていたと誤解していたという主張について
・・・職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられることや、・・・本件各行為の内容等に照らせば、仮に上記のような事情があったとしても、そのことをもってXらに有利にしんしゃくすることは相当ではないというべきである。
② Xらが懲戒を受ける前にセクハラに対する懲戒に関する会社の具体的な方針を認識する機会がなく、事前に会社から警告や注意等を受けていなかったという主張について
会社の管理職であるXらにおいて、セクハラの防止やこれに対する懲戒等に関する上記(1)のような会社の方針や取組を当然に認識すべきであったといえることに加え、Aらが会社に対して被害の申告に及ぶまで1年余にわたりXらが本件各行為を継続していたことや、本件各行為の多くが第三者のいない状況で行われており、ABから被害の申告を受ける前の時点において、会社がXらのセクハラ行為及びこれによるAらの被害の事実を具体的に認識して警告や注意等を行い得る機会があったとはうかがわれないことからすれば、Xらが懲戒を受ける前の経緯についてXらに有利にしんしゃくし得る事情があるとはいえない。
会社としてできることは
この事案では、会社がセクハラの加害者らに対して毅然とした態度で処分を行ったことが、最高裁判所に認めてもらえたということでしょう。
しかし、もし、この会社が、加害行為者らの言い分を鵜呑みにして、甘い処分をしていたとするなら、どうでしょう。
被害者が黙っていさえすれば、セクハラ行為が許される行為となってしまうのです。
また、本件では、会社がセクハラをなくそうと取組みを続けていたことも評価されています。もし、そのような取組みをしていない会社であれば、行為者が気づかないままセクハラ行為を続けてしまうかもしれません。
いずれにしても、本件の加害者らは、あからさまな性的嫌がらせをしておきながら、被害者が苦情を言わなかったことをいいことに、自らの行為を正当化しようとしたのですから、到底許されるものではありません。
文句を言わない被害者は、ただがまんしているだけなんです。
そんな被害者が出ないよう、そして、会社自身が訴えられることのないよう、経営者にはセクハラ防止指針(「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」)に従った対応をしていただきたく、お願い申し上げます。