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早期退職優遇制度の申込みを拒めるか

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 つい先日、パナソニックが割増退職金の上限を4000万円とする早期退職制度を拡充する、というニュースが出ました。

 その目的が何であるかは、パナソニックが公式に発表しているものと、世間の憶測とでは異なるものがありますが、とにかく退職者を募りたいということには変わりはないと思われます。

 では、早期退職制度を利用して退職をしたいと申し出た人には全員、割増賃金を支払う必要があるのでしょうか。

 この点について判断した裁判例を見てみたいと思います。

大和銀行事件(大阪地方裁判所平成12年5月12日判決)

 被告の大和銀行は、早期退職優遇制度(本制度)を設けましたが、本制度により、被告にとって有為な人材が流出することは、被告の業務上の支障を来すことから、本制度申し込みの対象者を「原則として勤続10年以上かつ満30歳以上の総合職コース職員(専任級の者を除く)のうち、被告からの再就職斡旋を受けることなく、転職等のために退職を希望する者で、被告が募集の都度に定める基準に該当する者」(規定2条)に限定することとしました。そのうえで、本制度の利用の可否を決するには、個々の行員の事情を考慮し、業務の円滑な遂行・発展という本制度の趣旨に適うか否かを検討することが必要であるとされたことから、対象者からの申し出に対しては「被告は・・・対象者の転職予定先あるいは銀行の業務の諸事情等を勘案して本制度の利用を承諾するか否かを決定」するとし(規定4条2項)、また利用申出者は右被告の「承諾の是非が決定される以前であれば、部長宛に書面にて申し出ることにより撤回することができる」としました(同条3項)。

 原告は、この制度を利用した退職を申し出ましたが、被告の人事部は、原告は被告がコストをかけてエコノミストとして養成し、今後被告の強化部門である信託財産運用部におけるスペシャリストとして期待していた人材であるとして不承諾を決定しました。ただし原告に右不承諾の決定を通知する以前に、本制度の利用については被告の承諾が必要であることを、原告が理解していないかもしれないとの危惧から、原告に対し、本制度の利用のためには被告の承諾が必要であるかを承知しているかを確認したところ、原告は承知しているとの報告がなされました。そして、最終的に原告に対し本制度利用不承諾の通知がなされました。

 原告は、割増退職金の支給等を内容とする早期転職支援制度の適用を拒否されたとして、右制度による割増退職金等の請求及び不当利得返還請求をしましたが、右制度の適用に使用者の承諾を要するとした趣旨は労務の円滑な遂行に支障を来すような人材の流出を回避することであって不合理とはいえず、また使用者は右労働者からの右制度適用の申込みを承諾する義務はないから、割増退職金の不支給が法律上の原因を欠くともいえないとして、いずれも棄却されました。

 この判決では、会社による早期転職支援制度の募集の通達は、申込みの誘引であって、従業員の申出をもって承諾とするものではないので、従業員が申し込んだことによって直ちに早期退職の合意が成立するわけではないことも明示されました。

ソニー事件(東京地方裁判所平成14年4月9日判決)

 早期割増退職金制度における特別加算金支給の通知は、契約の申込みではなく、申込みの誘引に当たるので、従業員による申請によって直ちに制度の適用が認められることにはならないとしつつ、制度の適用除外事由が具体的に規定されていることから、申請者に制度の適用を認めないことが信義に反する特段の事情がある場合は、会社は信義則上、適用を拒否できないとしました。

 そして、勤務記録の不正入力や二重就業を行っていた従業員が、早期割増退職金制度に基づく特別加算金を請求しましたが、会社は、この制度を適用しませんでした。この不適用について、会社が同人に早期割増退職金制度を適用しなかったのは、従業員が二重就業を隠すために勤務記録を不正に入力していたことによるものであり、制度を適用しないことが信義に反する特別の事情に当たるとはいえないとして、従業員の特別加算金支給の請求を棄却しました。

早期退職優遇制度の法的性質

 早期退職優遇制度は、会社がこの制度を設けて従業員に制度の利用を呼びかける行為は、合意退職に申し込んでください、と誘う行為です。

 そして、それに応じて従業員が申し込んだとしても、会社がそれを承諾しない限りは合意退職は成立しません。

 会社にとって有用な人材を手放さず、不要な人材だけを整理する方法として、利用することができる、ということでしょう。

 しかし、あまりにも恣意的な運用をしていると、残った従業員にも不満が残る可能性がありますので、配慮が必要でしょうね。

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