退職後の競業を禁止したい
おはようございます。弁護士の檜山洋子です。
1週間前の天気予報だと今日は雨模様でしたが、すっきりと良い天気になりましたね。
さて、今日は、従業員が退職した後の仕事にどこまで口を出せるか、という問題です。
競業や同業他社への就職をしない旨の念書
従業員を雇用した際や退職に当たって、退職後に同じ商売を自ら行ったり、同じ商売をしている他社に就職したりしません、という念書を書いてもらっている会社は結構あります。
従業員には職業選択の自由がありますから(憲法22条1項)、そもそもこのような念書がなければ、退職するのも自由ですし、退職後にどのような仕事をしようが自由です。
しかし、競業等をしない旨の念書や合意書があったとしても、その内容が従業員の職業選択の自由を不当に侵害するものであれば、その念書や合意書は無効とされ、退職後の従業員の仕事や営業行為を制限することはできません。
有効な念書
では、どのような念書であれば、有効に従業員の退職後の仕事や営業行為を制限することができるのでしょうか。
これについての明確な基準はなく、以下のような様々な事情を考慮してその有効性が判断されます。
・ 当該従業員の会社における地位(会社経営の中核に近い地位にあった者ほど、退職後の競業の制限は認められやすくなります)
・ 競業禁止の目的(営業秘密の保護を目的とする場合は競業制限が認められやすく、他方で単に競争を減らそうという目的の場合は競業制限は認められにくくなります)
・ 禁止する競業の範囲(狭く特定されている方が有効になりやすいです)
・ 禁止する競業の地域(狭い方が有効になりやすいです)
・ 競業禁止期間の長さ(長ければ長いほど無効になりやすいです。ただし、他の要素との兼ね合いもあるので、何年以上は無効、何年以下なら有効、という明確な基準はありません)
・ 代償措置の有無(退職時の退職金に上乗せがあれば、その分我慢してもらいやすいので、退職後の競業禁止が有効になりやすいです)
裁判例
裁判所は、使用者が従業員よりも強い立場にあることを利用して、自社に有利な競業禁止の念書を書かせているかどうか、厳しく判断しています。
1 東京貨物社事件(東京地方裁判所平成12年12月18日判決)
退職後の競業避止義務を定める特約は、労働者にもともと負わない義務を負担させるものであるから、競業行為の禁止の内容が最小限度にとどまっており、かつ、労働者の不利益に対する十分な代償措置を執っている場合に限り、公序良俗に反せず有効となると解すべきである、とした上で、退職後3年間の競業避止義務及び競業の場合の退職金の返還等を定めた特約(退職確認書)につき、会社は競業避止義務を課すことに対する代償措置を全く執っておらず、公序良俗違反として無効であるとして、競業を理由とする退職金の減額支給を違法としました。
2 キヨウシステム事件(大阪地方裁判所平成12年6月19日判決)
使用者が、従業員に対し、雇用契約上特約により退職後も競業避止義務を課すことについては、それが当該従業員の職業選択の自由に重大な制約を課するものである以上、無制限に認められるべきではなく、競業避止の内容が必要最小限の範囲であり、また、当該競業避止義務を従業員に負担させるに足りうる事情が存するなど合理的なものでなければならないとした上で、本件については、以下の理由を総合考慮し、「雇用契約時の誓約書中におけるX社の取引企業及び同業他社への就職の禁止規定が、期間を6か月と限定し、その範囲を元の職場における競業他社への就職の禁止と限定するものであったとしても、Yらの職業選択の自由を不当に制約するものであり、公序良俗に反し無効であるといわざるをえない」としました。
(1)YらのX会社での業務は、単純作業であり、X会社独自のノウハウがあるものではなかった。
(2)競業他社への就職を禁止した本件規定は、取引先に気に入られる人物を提供した会社がその利益を得ることから、単にX社の取引先を確保するという営業利益のために従業員の移動そのものを禁止したものである。
(3)X社におけるYらの年収は高額なものではなく、また、退職金もなく、さらに本件規定に関連しX社は従業員に対し何らの代償措置も講じていなかった。
3 新日本科学事件(大阪地方裁判所平成15年1月22日判決)
従業員の退職後の競業避止義務を定める特約は従業員の再就職を妨げその生計の手段を制限してその生活を困難にするおそれがあるとともに、職業選択の自由に制約を課するものであるところ、一般に労働者はその立場上使用者の要求を受け入れてこのような特約を締結せざるをえない状況にあることにかんがみると、このような特約は、これによって守られるべき使用者の利益、これによって生じる従業員の不利益の内容及び程度並びに代償措置の有無及びその内容等を総合考慮し、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合には、公序良俗に反し無効であると解するのが相当である、とした上で、問題となった競業避止義務特約は、以下の理由を総合衡量すれば、「競業避止義務の期間が1年間にとどまるものであることを考慮しても、その制限が必要かつ合理的な範囲を超えるものであって、公序良俗に反し無効であるといわなければならない」と判断しました。
(1)製薬会社等から医薬品等の開発業務を受託する開発業務受託機関(CRO)として医薬品等の治験を行う会社であるY会社においてXが従事した業務内容は、Y会社独自のノウハウといえるほどのものではない。
(2)Xは入社したばかりで(約1年8か月在籍)それぞれの治験薬ないし治験手続についてのすべての知識やノウハウを得ることができる地位にあったとはいえず、秘密保持義務と競業避止義務とを課すことにより担保する必要性は低いというべきである
(3)Xが大学卒業以降Y会社を退職するまでの約17年5か月間の職業生活のうち12年近くの期間にわたって新薬の臨床開発業務に従事し治験のモニター業務を行ってきたことに照らすと、競業避止義務の内容がY会社の同業他社であるCROへの転職を制限するだけのものであるとしても、Xの再就職を著しく妨げるものである。
(4)Xの受ける不利益が競業避止義務によって守ろうとするY会社の利益よりも極めて大きく、在職中月額4000円の秘密保持手当が支払われていただけで退職金その他の代償措置は何らとられていない。
代替措置の有無
これらの裁判例を見ると、代替措置が取られていたかどうかがキーポイントになっているようです。
退職後の競業をどうしてもやめさせたい場合には、それ相応の金銭的な負担をしておく必要があるということですね(ただし、他の考慮要素もありますから、お金さえ出せば解決するわけでもないので気を付けましょう)。