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変更解約告知による解雇の有効性

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 変更解約告知というのは、「雇用契約で特定された職種等の労働条件を変更するための解約、換言すれば新契約締結の申込みをともなった従来の雇用契約の解約」のことです。

 このような類型の解雇を認めた上で、この類型に該当する人員整理に基づく解雇について、他の整理解雇とは別に整理解雇法理よりも緩やかな判断枠組みを使ったスカンジナビア航空事件を紹介します。

スカンジナビア航空事件(東京地方裁判所平成7年4月13日決定)

事案の概要

 X1からX16までの債権者は、債務者であるY社との間で、業務内容と勤務地を特定した雇用契約を締結し、Y社の日本支社で、地上職やエア・ホステスとして勤務していました。

 平成2年以降、Y社は赤字を記録し続けたため、平成6年、日本支社に対して10億円のコスト削減等を含む合理化案(本件合理化案)を実施するよう指示しました。
 そして、その一環として、日本人従業員全員に対して、割増退職金を支給する早期退職者を募集し、早期退職に応募した者を対象に再雇用募集をしました。
 提示された再雇用の条件は、それまでの労働条件を以下のように変更するものでした。
 ①無期契約⇒1年の有期契約
 ②年功的賃金体系⇒年俸制
 ③勤続年数・基本給額ベースの退職金⇒年俸制ベースの退職金
 ④所定労働時間数、休日、有給休暇日数等の変更

 日本支社の全従業員140名のうちほとんどがY社の申し出た早期退職に応じましたが、残りのX1からX16は最後までこれに応じなかったので、Y社はXら全員を解雇しました。

 これに対し、Xらは、本件解雇の効力を争い、従業員たる地位保全等を求めて本件仮処分の申立てをしました。

東京地方裁判所の決定

 東京地方裁判所は、Xらの雇用条件は、職務や勤務場所が特定されていて、賃金と労働時間等が重要な雇用条件となっていたから、それらの条件を不利益に変更する本件合理化案の実施にはXらの同意が必要であるとしながら、以下の理由により、会社が、債権者らに対し、「職務、勤務場所、賃金及び労働時間等の労働条件の変更をともなう再雇用契約の締結を申し入れたことは、会社業務の運営にとって必要不可欠であり、その必要性は右変更によって右各債権者が受ける不利益を上回っているものということができるのであって、この変更解約告知のされた当時及びこれによる解雇の効力が発生した当時の事情のもとにおいては、右再雇用の申入れをしなかった右各債権者を解雇することはやむを得ないものであり、かつ解雇を回避するための努力が十分に尽くされていたものと認めるのが相当である」としました。

・・・労働者の職務、勤務場所、賃金及び労働時間等の労働条件の変更が会社業務の運営にとって必要不可欠であり、その必要性が労働条件の変更によって労働者が受ける不利益を上回っていて、労働条件の変更をともなう新契約締結の申込みがそれに応じない場合の解雇を正当化するに足りるやむを得ないものと認められ、かつ、解雇を回避するための努力が十分に尽くされているときは、会社は新契約締結の申込みに応じない労働者を解雇することができるものと解するのが相当である。

・・・会社は、平成2年以降、世界的不況及びヨーロッパ域内の航空規制緩和等により、航空部門の経営悪化が激しく、年々赤字が増大していく一方、日本支社も平成3年以降の全世界的な景気の後退及び格安航空券の市場への出回りにより、乗客数減と航空券の販売単価の低落が急速に進み、部分的なコスト削減策では到底合理化目標を達成できないことから、日本支社について抜本的な合理化案を早急に実施する必要に迫られていたところ、空港業務及び予約発券業務については業務運営方式を変更して外部委託化する、自社便が乗り入れていない二事務所については事務所を閉鎖する、営業等については組織を縮小する、ついては111名の組織であった地上職を32名程度の組織に変更するなど、全面的な人員整理、組織再編が必要不可欠となり、その計画が図られた結果、雇用契約により特定されていた各労働者の職務及び勤務場所の変更が必要不可欠なものとなったということができる。

・・・日本支社は、経営の悪化が始まった平成3年度以降、希望退職募集、宣伝広報費の削減等の様々なコスト削減策をとってきたが、その削減効果は芳しくなく、このような部分的はコスト削減策ではもはや健全な経営体質への転換は不可能となり、本件合理化にともなう業務運営方式の変更、組織の縮小、統合等の全面的な組織再編を前提とする必要合計人員数は34名となったものである。

加えて、・・・本件労働条件の変更には、賃金体系の変更、退職金制度の変更及び労働時間等の変更も含まれるが、本件合理化案を実現するためには、右変更の必要性が大きいものといえるところ、日本支社のコストの約60パーセントを人件費が占めるという実状に鑑み、①従来の賃金体系は、勤続年数に応じて賃金が上昇し続ける年功賃金体系であって、業務の違いが賃金に反映されなかった結果、全体の賃金水準が高過ぎる、各自の貢献が反映されないために熱意のある従業員の意欲をそぐなどの問題点を有しており、他の類似企業の賃金実態も加味しつつ、是正する必要があった、②また退職金制度については、従来の退職金が年功に応じて高騰し続ける基本給に一定の勤続年数による係数を乗じて定められるものであったため、その支給水準は著しく高いものであったうえ、従前の従業員数が本件合理化により約3分の1に激減した状態では、従前の退職年金制度では整合がとれなくなり、新しい退職金制度を設ける必要があった、③さらに労働時間については、新組織における業務内容の変化に応じ、労働時間も一部で延長、一部で短縮する必要があったのであり、いずれもその変更には高度の必要性が認められる。

新雇用契約締結の結果、労働者が受ける不利益について検討すると、・・・右賃金体系の変更は、従業員の賃金が総体的に切り下げられる不利益を受けることは明らかであるが、地上職の場合、会社により提案された新賃金(年俸)と従来の賃金体系による月例給とを比較すると、新賃金(年俸)は従来の賃金体系による月例給に12(月)を乗じることにより得られる金額を必ずしもすべて下回るものではないし、債権者らが新労働条件での雇用契約を締結する場合には、会社は、従来の雇用契約終了にともなう代償措置として、規定退職金に加算して、相当額の早期退職割増金支給の提案を行ったことをも合わせ考えると、前記の業務上の高度の必要性を上回る不利益があったとは認められない。

 なお、新しい労働条件を提示した再雇用の申込みをせずに整理解雇の対象としたX10からX16の7名については、通常の整理解雇法理で検討した結果、人員削減の必要性、解雇回避措置、被解雇者の選定の合理性、解雇手続きの相当性のいずれも肯定されるとして、整理解雇を有効としました。

本決定の意義

 本決定は、再雇用条件の申し入れがあった場合を、通常の整理解雇の場合と異なる判断枠組みで検討しているように読めます。

 しかし、再雇用の申し入れは解雇回避措置の一種として行われているともとれ、整理解雇法理の要素を満たしているかどうかに関わった検討がされていると見ることもできるように思います。

 実際、本決定については批判的な見解も多く、本決定以後、人員整理目的の変更解約告知は整理解雇と同じ判断枠組みで検討するべきであるという裁判例が続いています。

 せっかく本決定は債権者の類型に応じて細かい検討をしたのではありますが、大枠として整理解雇には違いないものについてはやはり整理解雇法理を適用して、その法理の枠組みの中で個別具体的な検討をするべき、というのが現在の流れのようです。

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