【タクシー・ショートショート】ダイエット。
私は62歳 のタクシードライバーだ。
2年前、血圧が高くて、医者からダイエットをするように言われた。
その時、体重が72キロあったのだが、必死の努力で65キロまで下げた。
今は、その体重をキープしつつ仕事に励んでいる。
65キロの体重をキープするのも、それなりの努力がいる。
タクシーの運転中は、ほとんど食べないようにしている。
何故なら、少しでも多く食べると、リバウンドしてしまうからだ。
私の勤務形態は夜日勤だ。
夕方の6時から夜中の3時まで仕事をする。
仕事中に食べるのは、おにぎり一個と決めている。
約200kcal。
それ以上食べると太ってしまう。
私は、おにぎりを買うために、コンビニに入った。
すると、和菓子のコーナーにどら焼きがあった。
どら焼きは、私の大好物だ。
私は、一瞬足を止めて、どら焼きに見入ってしまう。
どら焼きは私を誘惑して来る。
「今日ぐらい食べても大丈夫よ。また明日からダイエット頑張ればいいじゃない」
そんな声がする。
私は、思わず、どら焼きを手に取りそうになる。
ビニール袋に入った美しいフォルムが、私をさらに魅了する。
今度は、私の中で呼応するかのように声がする。
「食べたい。食べたい。食べたい」
そうだ、ひとつ買って半分だけ食べればいいじゃないか。
そうすればカロリーは半分になる。
ひとつのどら焼きを2日かけて食べるのだ。
それぐらいだったら体重に影響はないだろう。
私は、名案だと思った。
そもそも、多少の糖分を取らなければ頭が回らないのだ。
タクシーを運転するのに、頭は使うし、脳のためには糖分が必要だろう。
よし、一回試してみよう。
それをやってみて、太るようだったら、1/4にすればいい。
1/4だったら約50kcalだ。
それだったら、体重に影響はない。
私は決めた。
どら焼きを1つ持ってレジへ持っていく。
おっと、おにぎりを忘れてはいけない。
私は、どら焼きとおにぎりを持って、レジで会計を済ませる。そして、タクシーに戻った。
私は、どら焼きの封を開けて、まずは一口食べる。
口の中で、甘いつぶあんと、カステラ生地のハーモニーが奏でられる。
そして、そのメロディは、私の疲れた心と体を優しくほぐしてくれる。
私は、勢いに乗って、もう一口食べる。
うまい。どら焼きを考えた人は、天才だ。
私は、最初の計画通り半分を食べて、どら焼きの包装を閉じた。そして、ダッシュボードの収納に入れた。
しかし。
ここで私の胃袋が猛反発する。
「もっとよこせ! もっとよこせ! 中途半端だ! こんなちびっと食べるくらいだったら、食べない方がよかったんじゃないのか?」
その猛反発の声は私の中で鳴り止まない。
うるさかった。
「もっとよこせ! もっとよこせ!」
私の胃袋は、デモのような声を上げた。
結局、私はその声に負けてしまった。
私は、残りのどら焼きを全部食べてしまった。
私の中に、一瞬にして満足感が満ちわたる。
この快感。至福の時。私の脳と胃袋が同時に満足する。
私は、勢いに乗って、一緒に買ったおにぎりも食べてしまった。
完食。
しまった。食べてしまった。
私は、深い後悔の念にさいなまれる。
本当にダメな人間だ。
せっかくここまで頑張って、ダイエットしたというのに。
また、もとに戻ってしまう。
しかし、私はここで、寛大な性格に変わる。
「いいじゃないか。今日だけは。明日から頑張ればいい」
さっき、どら焼きから聞こえて来た声を、私は繰り返している。
しかし、次の日も私は仕事中にコンビニに行って、どら焼きを食べてしまった。
私の心と体は、完全に支配されている。
こうなると、だんだん感覚が麻痺してくる。
私は、毎日、どら焼きを食べ続けた。
そして、1週間後、私は2キロ太っていた。
私は、頭を抱えた。
駄目だ。このままでは、もっと太ってしまう。
低くなった血圧も、また上がってしまう。
どうしたらいいのか?
誰か教えてほしい。
私に、「どら焼き」を嫌いになる方法を。