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ひと駅分の物語。 「秘密の樹洞(うろ)」


物語詩

まえがき
 博識な「うろ」に好意を抱く人物が、何かを理由にしては会いにいく。
「うろ」は、その人物の恋ごころに気付いているが素知らぬふりをする。



 「秘密の樹洞(うろ)」 美術館前にて


雨音が心地よく
傘に聞こえるこんな日は
街路樹の中にひっそりとある
お気に入りの樹洞に立ち寄るとしよう

人知れず密かにつくられたその樹洞は
みなとみらいの美術館通りにある

いくつかある樹洞の中から
わたしが選んだケヤキのそれは
ノスタルジーという名を持っている

ふだんは物静かでほとんど何も話さない
でも、たまに
わたしが長々と愚痴をこぼすと
ノスタルジーは

 「本質をわかってないな」とひと言

ここには、つい最近までコゲラが住んでいた
二次樹洞利用種として
人間が使用するのは初めてだと
周囲の樹洞たちから
からかわれているそうだ

そんなノスタルジーは
数多の世界を見せてくれて
そのたびにわたしのため息は
しっぽを巻いて逃げていく

ひとつは

思いやりの量子が集合して
癒しを作り出すこと

たとえば

酔っ払いに折られた枝の悲鳴が
小鳥たちを呼び寄せて
子守歌をうたわせていることや

切り株たちがうずくまり
夜な夜な
浮浪者たちのベッドになることも

そして

時間には
記憶細胞の伝達物質があること

たとえば

港の見えるあの丘には
戦争の悲しい記憶が
今もたくさん浮遊していて

見えない事実に囲まれているけれど
その真実は角度によって
輪郭を曖昧に薄められていくこと

この雨だって
何億年もかけて
地球を見てきた

雨として降り下り
土にしみ入り
やがて湧き出で、草木を

川となって
海となって
動物たちを見守り

ときには
森や湖から立ちのぼり
霧となって

更には温かさに
湯気となって
人々に安らぎを注いできたことも

だから

このビルのすき間から
舞いながら落ちてくる小さな雨粒のひとつひとつは
冷たいのに、慰めであって

この肌寒い海からの風も
まるで、ずっと前から私を知っていたかのように
なぜかスーッと体温になじんでいく

こうして、ここへくるたびに
無智なわたしの心の視力は
ことごとく浄化されるわけで…

でも、そんなわたしのことを
すまし顔のノスタルジーはいつも
遠くを見ながら
ゆっくりと、笑う。




あとがき

ここで登場するのは木の「うろ」です。木の「うろ」は、樹木の幹や太い枝にできる洞窟状の空間を指し、樹洞(じゅどう)とも呼ばれているそうです。ここでは樹洞と書いて、うろと読むようになっています。

実際、人間が樹洞に入り込むことは、それがとても大きくない限りありえませんが… 何か、とても大きな優しさに触れたときに包み込まれているような感覚になりませんか?

人工衛星スターリンクトレインを見ました。
家族でBBQをしていた時でした。
銀河鉄道999を歌いたくなるのは私だけではないですよね。

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思い初めるは、星月夜。
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