兄の思い出と僕は話す 22 紗希 2023年12月1日 22:43 「ただいま。う〜寒い」「お帰り琉偉。雪はまだ降ってるのか」兄の柊が炬燵に入り、寝転んでいる。「やんでるよ。けど寒さが半端ないわ。お袋は?」「買い忘れた物があるとかで、スーパーに行った。そんなに寒いのか。どうりでエアコンの温度を上げても、暖かくならないわけだ」僕はエアコンのリモコンを手に取った。「えっ、これで28度設定。しかもパワフルになってる」「でも部屋は暖かくないだろう?」僕は頷きエアコンを見上げた。フィルターの掃除は、したばかりだし何か原因があるのかなぁ。「石油ストーブを使ってた時は、暖かかったよな。壊れからエアコンになったけど」柊の云う通りだと思った。「そういえば、以前に比べたら、灯油カーも減ったよね。値段もかなり高くなったようだし」「昔はよく二人で、灯油の車が来ると、お袋に云われてポリタンクを持って買いに行ったな」懐かしそうに、柊が云う。僕は何も云えず、キッチンに行った。体が温まる物が飲みたいと思った。「ココア作るけど、兄貴も飲む?」「飲む。ついでに何か食べる物は、あるかな。小腹が空いてさ」僕は食器棚の一番下にある、食べ物を収納している扉を開けた。「バターロールパンとポテチ、チョコクッキー、それとスナック菓子がいくつか。じゃがりことか、カラムーチョとか」「クッキーを勝手に食べたら、お袋が逆上するだろ。あの人のチョコ好きは、尋常じゃないよ。最近は特に。悪いけどポテチ取ってくれる?」僕は柊にポテチの袋を渡すと、ココアを作ることにした。友達から貰ったココアだけど、かなり美味い。ほとんど甘味の無い、大人向けの味だ。ココアの入ったマグカップを二つ置くと、僕も炬燵に入った。ぬくぬくで、冷えきった足にはたまらない。炬燵は人間をダメにするなと思った。兄貴は口を動かしながら、「やっぱり海苔塩だな、ポテチは」「僕はコンソメがいいけどな」「コンソメなんて邪道だよ。のり塩だって、一番は」「それは横暴すぎだろ」「ただいま。あら、今日は早かったのね琉偉は」「家庭教師のバイトが急に休みになったんだ。僕が教えている子が風邪引いたんだって。熱もあるらしい」「そう、インフルエンザじゃないといいけど」お袋はコートを脱ぎ、ハンガーにかけた。「それより、スーパー行ってたんでしょう?何か買って来た?」「何かって何をよ。今夜はすき焼きなのに、焼き豆腐を買い忘れたから買ってきたの」お袋は泡の石鹸で手を洗うと、袋から焼き豆腐を取り出した。「他にはないの。例えば『唐揚げが半額だわ。息子の為に買いましょう』みたいなのは」「無いわよ、そんなの。だいたいすき焼きのお肉も豚肉なのに」「え!豚肉なの?なんでだよ。それじゃあ、すき焼きじゃないじゃん」「琉偉、あたしが毎日、どれだけ頭を絞って買い物してるか知らないから、そんなこと云えるのよ」お袋は、カチンときたようだ。「何もかもが高くて、それも昨日と値段が違ってたりするんだから。大変なの、やりくりが。豚肉だって安くはないんだから」柊はポテチの袋に手を突っ込みながら「だからチョコレートをバカ喰いしてるの」そう云った。お袋は黙ったまま、何も云い返さない。「ストレスなんだろ?」柊は、細かくなってるポテチを摘むと、口に運ぶ途中でボロボロと落とした。僕が拾い集めようとすると、「自分でするから」柊は、淡々とそう云った。リモコンを取り、僕はテレビをつけた。生放送で、どこかのスキー場が映っていた。パーティでもやってるのか、豪華な料理がズラリと並んでる。「すごいな、あの車海老。あ、蟹もある。ローストチキンが美味そう」「訊いてるだけで、腹が鳴るよ。格差は広がるばかりだな」「柊、家は中流よ。すき焼きに豚肉を使おうと、平均的な家庭だわ」「出たよ。日本人の好きな中流意識」「実際そうなんだから。お父さんも私も頑張って働いても、現実が厳し過ぎるの」「はいはい。お袋のチョコのバカ喰いは、俺のせいだからね」「ちょっと、一言もそんなこと云ってないわよ」「トイレ」立ちあがろうとする柊の体がよろめく。ここで下手に手をかそうとしたら、柊は怒るのだ。だから行動はせずに、ただ見守る。柊は体を立て直すと、トイレに向かった。お袋は、一口チョコを口に入れると、ため息をついた。「未熟な母親ね。私は」それだけ云って、すき焼きの支度を始めた。僕の兄貴の目は、ほとんど見えていない。ある難病になってしまったのだ。その病は徐々に視力も奪う後遺症がある。30を超えた柊の視力は、ほとんど無い。失明しているのと同じ状態が今の柊の現実だ。回復の見込みは、今の医療では難しいらしい。治療法が見つかっていない。遺伝子に何らかの異常があり、それが原因だからか、お袋が苦しんでるのが僕にも判る。お袋のせいでは無い。でも。親なのだ……。「駅前は、もうクリスマスのイルミネーションが綺麗だろうな」戻った柊は、そう云った。「まあね。毎年変わり映えの無い風景だよ」「でも、スポーツ店が集まったビル、あそこのイルミネーションは、いい出来だと思ったよ」「……そうかもな」あのビルは、もう無いんだ。工事は始まってるけど、何を作っているのかは知らない。「すき焼きが出来たわよ。琉偉、ガスコンロの用意して」「はいはい、今すぐやるよ」「豚肉だもんなぁ」「文句は云わないの」「オヤジが帰るのを待たなくていいの?すき焼きなのに」柊が云う。「今夜も忘年会ですって。取引先の。だから三人で頂きましょう」コンロにすき焼き鍋を置いて、僕らは食べることにした。「豚肉でも結構いける」「うん、旨いな」柊には、オヤジの姿も見えているのかもしれないな。家族4人で、鍋を囲む情景がさ。何となく、そう思ったんだ。 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #短編小説 #思い出 #無料note #指定難病 #クリスマスイルミネーション #読んでくれて有難う 22