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兄の思い出と僕は話す

「ただいま。う〜寒い」

「お帰り琉偉。雪はまだ降ってるのか」

兄の柊が炬燵に入り、寝転んでいる。

「やんでるよ。けど寒さが半端ないわ。お袋は?」


「買い忘れた物があるとかで、スーパーに行った。そんなに寒いのか。どうりでエアコンの温度を上げても、暖かくならないわけだ」

僕はエアコンのリモコンを手に取った。

「えっ、これで28度設定。しかもパワフルになってる」


「でも部屋は暖かくないだろう?」

僕は頷きエアコンを見上げた。

フィルターの掃除は、したばかりだし何か原因があるのかなぁ。


「石油ストーブを使ってた時は、暖かかったよな。壊れからエアコンになったけど」

柊の云う通りだと思った。

「そういえば、以前に比べたら、灯油カーも減ったよね。値段もかなり高くなったようだし」


「昔はよく二人で、灯油の車が来ると、お袋に云われてポリタンクを持って買いに行ったな」

懐かしそうに、柊が云う。

僕は何も云えず、キッチンに行った。

体が温まる物が飲みたいと思った。


「ココア作るけど、兄貴も飲む?」

「飲む。ついでに何か食べる物は、あるかな。小腹が空いてさ」


僕は食器棚の一番下にある、食べ物を収納している扉を開けた。

「バターロールパンとポテチ、チョコクッキー、それとスナック菓子がいくつか。じゃがりことか、カラムーチョとか」


「クッキーを勝手に食べたら、お袋が逆上するだろ。あの人のチョコ好きは、尋常じゃないよ。最近は特に。悪いけどポテチ取ってくれる?」

僕は柊にポテチの袋を渡すと、ココアを作ることにした。

友達から貰ったココアだけど、かなり美味い。ほとんど甘味の無い、大人向けの味だ。


ココアの入ったマグカップを二つ置くと、僕も炬燵に入った。

ぬくぬくで、冷えきった足にはたまらない。

炬燵は人間をダメにするなと思った。


兄貴は口を動かしながら、

「やっぱり海苔塩だな、ポテチは」


「僕はコンソメがいいけどな」

「コンソメなんて邪道だよ。のり塩だって、一番は」

「それは横暴すぎだろ」


「ただいま。あら、今日は早かったのね琉偉は」

「家庭教師のバイトが急に休みになったんだ。

僕が教えている子が風邪引いたんだって。熱もあるらしい」


「そう、インフルエンザじゃないといいけど」
お袋はコートを脱ぎ、ハンガーにかけた。

「それより、スーパー行ってたんでしょう?何か買って来た?」

「何かって何をよ。今夜はすき焼きなのに、焼き豆腐を買い忘れたから買ってきたの」

お袋は泡の石鹸で手を洗うと、袋から焼き豆腐を取り出した。

「他にはないの。例えば『唐揚げが半額だわ。息子の為に買いましょう』みたいなのは」

「無いわよ、そんなの。だいたいすき焼きのお肉も豚肉なのに」

「え!豚肉なの?なんでだよ。それじゃあ、すき焼きじゃないじゃん」


「琉偉、あたしが毎日、どれだけ頭を絞って買い物してるか知らないから、そんなこと云えるのよ」

お袋は、カチンときたようだ。

「何もかもが高くて、それも昨日と値段が違ってたりするんだから。大変なの、やりくりが。豚肉だって安くはないんだから」


柊はポテチの袋に手を突っ込みながら

「だからチョコレートをバカ喰いしてるの」

そう云った。

お袋は黙ったまま、何も云い返さない。

「ストレスなんだろ?」


柊は、細かくなってるポテチを摘むと、口に運ぶ途中でボロボロと落とした。


僕が拾い集めようとすると、

「自分でするから」

柊は、淡々とそう云った。


リモコンを取り、僕はテレビをつけた。

生放送で、どこかのスキー場が映っていた。

パーティでもやってるのか、豪華な料理がズラリと並んでる。


「すごいな、あの車海老。あ、蟹もある。ローストチキンが美味そう」


「訊いてるだけで、腹が鳴るよ。格差は広がるばかりだな」

「柊、家は中流よ。すき焼きに豚肉を使おうと、平均的な家庭だわ」


「出たよ。日本人の好きな中流意識」

「実際そうなんだから。お父さんも私も頑張って働いても、現実が厳し過ぎるの」


「はいはい。お袋のチョコのバカ喰いは、俺のせいだからね」

「ちょっと、一言もそんなこと云ってないわよ」



「トイレ」

立ちあがろうとする柊の体がよろめく。

ここで下手に手をかそうとしたら、柊は怒るのだ。

だから行動はせずに、ただ見守る。


柊は体を立て直すと、トイレに向かった。

お袋は、一口チョコを口に入れると、ため息をついた。

「未熟な母親ね。私は」

それだけ云って、すき焼きの支度を始めた。


僕の兄貴の目は、ほとんど見えていない。

ある難病になってしまったのだ。

その病は徐々に視力も奪う後遺症がある。

30を超えた柊の視力は、ほとんど無い。

失明しているのと同じ状態が今の柊の現実だ。

回復の見込みは、今の医療では難しいらしい。
治療法が見つかっていない。


遺伝子に何らかの異常があり、それが原因だからか、お袋が苦しんでるのが僕にも判る。

お袋のせいでは無い。でも。
親なのだ……。



「駅前は、もうクリスマスのイルミネーションが綺麗だろうな」

戻った柊は、そう云った。

「まあね。毎年変わり映えの無い風景だよ」

「でも、スポーツ店が集まったビル、あそこのイルミネーションは、いい出来だと思ったよ」

「……そうかもな」


あのビルは、もう無いんだ。

工事は始まってるけど、何を作っているのかは知らない。


「すき焼きが出来たわよ。琉偉、ガスコンロの用意して」

「はいはい、今すぐやるよ」


「豚肉だもんなぁ」

「文句は云わないの」

「オヤジが帰るのを待たなくていいの?すき焼きなのに」
柊が云う。


「今夜も忘年会ですって。取引先の。だから三人で頂きましょう」

コンロにすき焼き鍋を置いて、僕らは食べることにした。

「豚肉でも結構いける」

「うん、旨いな」


柊には、オヤジの姿も見えているのかもしれないな。
家族4人で、鍋を囲む情景がさ。


何となく、そう思ったんだ。


      了

















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