Photo by morikoharu 家族円満 25 紗希 2021年7月14日 18:47 「おい!」少女は声の方を振り返った。「またお前か!人の畑を荒らすなと云ったはずだ!とっとと出て行け!」少女は手足も服も泥だらけのまま、ゆっくり立ち上がった。「ノロノロするんじゃない!早く行け!」訊こえていないのか、無視してるのか、少女は足元の小石を蹴りながら畑を出て行った。「なんだあの態度は。子供だからって容赦はしないからな」男は少女が、しゃがんでいた場所に行くと、眉間にシワを寄せた。「人が丹精込めて育てた野菜にまったく」そうぼやきながら、土を這う西瓜のツルと葉をかき分けて、少女が土弄りをした場所を丁寧に整えた。その頃、少女は公園のベンチに座って、野良猫を撫でていた。「あ〜あ、もうあの畑には行けないな。どうしようか、ニャンちゃん」猫はとても懐いているらしい。少女のスカートの太腿の辺りをスリスリしている。「やれやれ、お腹が空いたから帰るねニャンちゃん」 ニャウ〜ンンン「わたしもニャンちゃんと同じで寂しいよ。でも家では動物が飼えないの。お父さんも、お母さんも動物が嫌いなんだって。こんなに可愛いのに。だからまた明日来るからね」少女は野良猫に手を振ると、家に向かった。歩道の街灯が、ポツリ…ポツリ…灯り出す。家まで30メートルのところで少女は歩くのを辞めた。一台の車が家の前に止まっている。少女は怒った表情になり、塀に身を隠した。少しして、バタン!とドアが閉まる音がして、車が走り去ったのが分かった。コツコツコツと靴音が訊こえ、その音が止まると玄関のドアが開いて、そして閉まった。少女は隠れていた塀から出ると、彼女も家に向い、同じようにドアを開けると中に入った。靴を脱ぎながら少女はあちこちに視線を泳がせた。そして諦め顔で家に上がり、キッチンへ向かった。少女がキッチンへ行くと、母親が冷えた麦茶を飲んでいるところだった。コップを口から離し、母親が少女を見た。「あら出かけてたの?私も今帰ったところ。疲れたから夕食は出前を取るわ。悠里は何が食べたい」少女は無言でリビングに行き、ソファーに座った。少し考えて、「ハンバーガーとポテト」そう云った。母親はイヤそうな顔をした。「ファストフードはカロリーは高いけど、体には良くないのに」「だってお母さんが、食べたいものって云ったんじゃない」「それはそうだけど、ハンバーガーねえ」「たまにはいいでしょ、ね」母親は肩をすくめて、「はいはい」と云った。携帯を手にし、幾つかある宅配専門のアプリでメニューを見ている。「あら、お寿司の半額祭をやってるわ」「ハンバーガーとポテト」「分かってるわよ。ハンバーガーは何がいいの」「ベーコンとレタスの」「またそれ。たまには違うのを食べたら?」「好きなんだからいいでしょ。ベーコンとレタスのがいい」母親は黙ってメニュー画面から幾つか選ぶと注文を押した。「さて着替えて来るわ、お化粧も落とさないと」「お父さんの夕ご飯は?」少女の言葉に母親の動きが止まる。「お父さんには好きなものを買うか食べて来てって連絡しておくわ。でも……今日は金曜日でしょ?帰って来るかしら?」薄笑いを浮かべ、母親はキッチンを出て行った。それを見とどけた少女はキッチンのあちこちを見て回った。「絶対に有るはず」そう呟きながら探した。すると「あった!きっとこの紙袋だ」食器棚の横に置いてある高級そうな袋が、少女の目に飛び込んで来た。直ぐに紙袋の中を覗く。長方形の箱が入っていた。「今日はあの男の人に靴を買って貰ったんだね、お母さん」確認を済ませ少女は自分の部屋に行った。そしてお父さんは、やっぱり帰って来なかった。少女は知っていた。お母さんは、一年くらい前から、お父さん以外の男の人と会ってること。その人と会った日は、何かしらプレゼントを貰ってること。少女はそのプレゼントがお父さんにバレたら大変だと思った。お母さんは飽きっぽい。プレゼントされた物。例えばバックやネックレス、最初の頃だけ喜んで身に付けたりするけど、直ぐに飽きて、雑に仕舞われる。少女は思った。【これが、お父さんに見つかったら大変かもしれない。何とかしないと】そして少女は飽きられたプレゼントの数々を、あちこちに埋めることにしたのだ。林の奥、畑の土の中、少女は穴を掘ってプレゼントを隠すことを始めた。不思議なことに、お母さんは品物が消えたことに、まるで気が付かない。けれど少女は埋めることを止めるわけにはいかない。それくらい、お父さんに見つかることが怖い。「だって、お父さんはお母さんのことが大好きだもの。知ってしまったら可哀想だもん」なのに……。ある日の夜、お父さんは若くて可愛い女の人と道端で抱き合っているのを、少女は目撃した。お父さん?その人誰?お母さんのことが大好きなんでしょう?お父さんはお母さんが……。少女は窓を閉め、急いでベッドに潜り込んだ。全身が震えている。呼吸が苦しい。《あなた、お帰りなさい》《お父さんお帰り〜》《ただいま。悠里も出迎えてくれて、何かあった?》《お父さん早く夕飯を食べようよ》《分かった、分かった。直ぐに着替えるから》《お、パエリア!今夜は豪勢だな。何かあるの?》少女はお母さんと顔を見合わせて笑った。《何かって、あなた本当に分からないの?》《えっと……あっ!俺の誕生日か!》《ピンポーン!お誕生日おめでとうお父さん!》《ありがとう悠里。すっかり忘れてたわ》《あなた、おめでとう。本を見ながら、頑張って作ったけど、味の自信は無いから》《キミが作ってくれたんだ。美味しいに決まってるさ。ありがとう》お母さんは顔を赤くしている。《食べようよ、お腹空いた》お母さんは、お皿に取り分けた。わたしは冷蔵庫から、サラダを持ってきて、テーブルに置いた。《あとで、手作りケーキもあるんだよ、お父さん》《ひょっとして悠里も?》《うん!手伝ってお母さんと作った》《涙が出そうだ。ありがとう2人とも》そして私たち家族は食べることにした。お父さんは、どれを食べても、旨い旨いと、たくさん食べた。お母さんもよく笑っていた。なのに……どうして?お父さん。週末は、お母さんと二人で過ごすことが増えていった。普段もお父さんの帰って来る時間は遅くなった。「あれ?ネクタイが見つからない。どこにいったんだ?」少女の埋める物が増えた。ある晩、少女が自分の部屋にいると、リビングでお父さんとお母さんが喧嘩しているのが聴こえた。少女は耳を塞いだ。早く喧嘩が終わりますように。心の中で何度も繰り返した。大きな音がして、リビングは静かになった。少女は、そっと部屋を出て、一階のリビングを階段から覗いた。……!少女が見たのは血を流して倒れているお母さん、呆然と立ち尽くすお父さんの姿だった。お父さんは、何かでもらった重たい人形の置物を握っていた。「ああーーー!」少女は声を上げた。お父さんは驚いて少女を見上げた。「ああーーー!」声を上げたまま、少女は階段を走り降りた。「悠里!静かにしなさい!」お父さんに、それ云われても少女の叫び声は止まらなかった。「黙れ!静かにしろ!」ピンポン ピンポン玄関の外から誰かの声が聴こえた。「どうかしましたか?大丈夫ですか?」近所の人らしい。お父さんは慌てて玄関に行き、「大丈夫です。すいません、ご心配をおかけして」「本当に平気ですか?悠里ちゃんは?」「単なる親子喧嘩です、お恥ずかしい」父親の横を通り抜けて、少女は裸足のまま外に飛び出した。「悠里!悠里!戻りなさい!」心配して来てくれた近所の人が驚いて悠里を避けた。22時を回った街は、人の通りは無く、少女は叫びながら、ひたすら走った。あの野良猫に会いたい。公園に着くと少女は猫を探した。「ニャンちゃん、ニャンちゃん、どこ。出て来て、お願い」街灯の無い暗闇の中、少女はひたすら猫を呼び続けた。ニャ〜ン茂みの中から猫が出て来た。「ニャンちゃん!」少女は猫を抱き上げて抱きしめた。猫も嫌がらなかった。「ずっと一緒にいようね、ニャンちゃん。ずっとだよ、約束してニャンちゃん」遠くからパトカーのサイレンが聴こえた。 (完) ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #短編小説 #野良猫 #家族団欒 #埋める #少女の願い 25