見出し画像

家族円満

「おい!」

少女は声の方を振り返った。

「またお前か!人の畑を荒らすなと云ったはずだ!とっとと出て行け!」

少女は手足も服も泥だらけのまま、ゆっくり立ち上がった。

「ノロノロするんじゃない!早く行け!」

訊こえていないのか、無視してるのか、少女は足元の小石を蹴りながら畑を出て行った。


「なんだあの態度は。子供だからって容赦はしないからな」

男は少女が、しゃがんでいた場所に行くと、眉間にシワを寄せた。

「人が丹精込めて育てた野菜にまったく」

そうぼやきながら、土を這う西瓜のツルと葉をかき分けて、少女が土弄りをした場所を丁寧に整えた。


その頃、少女は公園のベンチに座って、野良猫を撫でていた。

「あ〜あ、もうあの畑には行けないな。どうしようか、ニャンちゃん」

猫はとても懐いているらしい。

少女のスカートの太腿の辺りをスリスリしている。

「やれやれ、お腹が空いたから帰るねニャンちゃん」

  ニャウ〜ンンン


「わたしもニャンちゃんと同じで寂しいよ。でも家では動物が飼えないの。お父さんも、お母さんも動物が嫌いなんだって。

こんなに可愛いのに。だからまた明日来るからね」

少女は野良猫に手を振ると、家に向かった。

歩道の街灯が、ポツリ…ポツリ…灯り出す。


家まで30メートルのところで少女は歩くのを辞めた。

一台の車が家の前に止まっている。

少女は怒った表情になり、塀に身を隠した。

少しして、バタン!とドアが閉まる音がして、車が走り去ったのが分かった。

コツコツコツと靴音が訊こえ、その音が止まると玄関のドアが開いて、そして閉まった。


少女は隠れていた塀から出ると、彼女も家に向い、同じようにドアを開けると中に入った。

靴を脱ぎながら少女はあちこちに視線を泳がせた。

そして諦め顔で家に上がり、キッチンへ向かった。

少女がキッチンへ行くと、母親が冷えた麦茶を飲んでいるところだった。


コップを口から離し、母親が少女を見た。

「あら出かけてたの?私も今帰ったところ。疲れたから夕食は出前を取るわ。

悠里は何が食べたい」

少女は無言でリビングに行き、ソファーに

座った。少し考えて、「ハンバーガーとポテト」そう云った。


母親はイヤそうな顔をした。

「ファストフードはカロリーは高いけど、体には良くないのに」

「だってお母さんが、食べたいものって云ったんじゃない」

「それはそうだけど、ハンバーガーねえ」

「たまにはいいでしょ、ね」


母親は肩をすくめて、「はいはい」と云った。

携帯を手にし、幾つかある宅配専門のアプリでメニューを見ている。

「あら、お寿司の半額祭をやってるわ」

「ハンバーガーとポテト」

「分かってるわよ。ハンバーガーは何がいいの」


「ベーコンとレタスの」

「またそれ。たまには違うのを食べたら?」

「好きなんだからいいでしょ。ベーコンとレタスのがいい」

母親は黙ってメニュー画面から幾つか選ぶと注文を押した。

「さて着替えて来るわ、お化粧も落とさないと」

「お父さんの夕ご飯は?」

少女の言葉に母親の動きが止まる。


「お父さんには好きなものを買うか食べて来てって連絡しておくわ。でも……今日は金曜日でしょ?帰って来るかしら?」

薄笑いを浮かべ、母親はキッチンを出て行った。

それを見とどけた少女はキッチンのあちこちを見て回った。


「絶対に有るはず」

そう呟きながら探した。すると

「あった!きっとこの紙袋だ」

食器棚の横に置いてある高級そうな袋が、少女の目に飛び込んで来た。

直ぐに紙袋の中を覗く。

長方形の箱が入っていた。

「今日はあの男の人に靴を買って貰ったんだね、お母さん」


確認を済ませ少女は自分の部屋に行った。

そしてお父さんは、やっぱり帰って来なかった。


少女は知っていた。

お母さんは、一年くらい前から、お父さん以外の男の人と会ってること。

その人と会った日は、何かしらプレゼントを貰ってること。

少女はそのプレゼントがお父さんにバレたら大変だと思った。


お母さんは飽きっぽい。

プレゼントされた物。

例えばバックやネックレス、最初の頃だけ喜んで身に付けたりするけど、直ぐに飽きて、雑に仕舞われる。

少女は思った。


【これが、お父さんに見つかったら大変かもしれない。何とかしないと】


そして少女は飽きられたプレゼントの数々を、あちこちに埋めることにしたのだ。

林の奥、畑の土の中、少女は穴を掘ってプレゼントを隠すことを始めた。

不思議なことに、お母さんは品物が消えたことに、まるで気が付かない。


けれど少女は埋めることを止めるわけにはいかない。

それくらい、お父さんに見つかることが怖い。

「だって、お父さんはお母さんのことが大好きだもの。知ってしまったら可哀想だもん」


なのに……。


ある日の夜、お父さんは若くて可愛い女の人と道端で抱き合っているのを、少女は目撃した。

お父さん?

その人誰?

お母さんのことが大好きなんでしょう?

お父さんはお母さんが……。


少女は窓を閉め、急いでベッドに潜り込んだ。

全身が震えている。

呼吸が苦しい。


《あなた、お帰りなさい》

《お父さんお帰り〜》

《ただいま。悠里も出迎えてくれて、何かあった?》

《お父さん早く夕飯を食べようよ》

《分かった、分かった。直ぐに着替えるから》


《お、パエリア!今夜は豪勢だな。何かあるの?》

少女はお母さんと顔を見合わせて笑った。

《何かって、あなた本当に分からないの?》

《えっと……あっ!俺の誕生日か!》

《ピンポーン!お誕生日おめでとうお父さん!》


《ありがとう悠里。すっかり忘れてたわ》

《あなた、おめでとう。本を見ながら、頑張って作ったけど、味の自信は無いから》

《キミが作ってくれたんだ。美味しいに決まってるさ。ありがとう》

お母さんは顔を赤くしている。

《食べようよ、お腹空いた》


お母さんは、お皿に取り分けた。

わたしは冷蔵庫から、サラダを持ってきて、テーブルに置いた。

《あとで、手作りケーキもあるんだよ、お父さん》

《ひょっとして悠里も?》

《うん!手伝ってお母さんと作った》


《涙が出そうだ。ありがとう2人とも》

そして私たち家族は食べることにした。

お父さんは、どれを食べても、旨い旨いと、たくさん食べた。

お母さんもよく笑っていた。


なのに……どうして?お父さん。


週末は、お母さんと二人で過ごすことが増えていった。

普段もお父さんの帰って来る時間は遅くなった。


「あれ?ネクタイが見つからない。どこにいったんだ?」


少女の埋める物が増えた。


ある晩、少女が自分の部屋にいると、リビングでお父さんとお母さんが喧嘩しているのが聴こえた。

少女は耳を塞いだ。

早く喧嘩が終わりますように。

心の中で何度も繰り返した。


大きな音がして、リビングは静かになった。

少女は、そっと部屋を出て、一階のリビングを階段から覗いた。

……!


少女が見たのは血を流して倒れているお母さん、呆然と立ち尽くすお父さんの姿だった。

お父さんは、何かでもらった重たい人形の置物を握っていた。


「ああーーー!」

少女は声を上げた。

お父さんは驚いて少女を見上げた。

「ああーーー!」

声を上げたまま、少女は階段を走り降りた。


「悠里!静かにしなさい!」

お父さんに、それ云われても少女の叫び声は止まらなかった。

「黙れ!静かにしろ!」


ピンポン ピンポン

玄関の外から誰かの声が聴こえた。

「どうかしましたか?大丈夫ですか?」

近所の人らしい。

お父さんは慌てて玄関に行き、

「大丈夫です。すいません、ご心配をおかけして」


「本当に平気ですか?悠里ちゃんは?」

「単なる親子喧嘩です、お恥ずかしい」

父親の横を通り抜けて、少女は裸足のまま外に飛び出した。

「悠里!悠里!戻りなさい!」

心配して来てくれた近所の人が驚いて悠里を避けた。


22時を回った街は、人の通りは無く、少女は叫びながら、ひたすら走った。

あの野良猫に会いたい。

公園に着くと少女は猫を探した。

「ニャンちゃん、ニャンちゃん、どこ。出て来て、お願い」


街灯の無い暗闇の中、少女はひたすら猫を呼び続けた。


ニャ〜ン

茂みの中から猫が出て来た。

「ニャンちゃん!」

少女は猫を抱き上げて抱きしめた。

猫も嫌がらなかった。

「ずっと一緒にいようね、ニャンちゃん。ずっとだよ、約束してニャンちゃん」


遠くからパトカーのサイレンが聴こえた。


       (完)





















いいなと思ったら応援しよう!