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   It’s Over


  日が暮れた頃の
  赤レンガ倉庫が
  キミは好きだと
  言っていたね。



日曜日の朝7時。
僕がまだ寝ている寝室のドアが、勢いよく開いた。

かいりこの部屋を掃除するから起きて」

僕は、ぼ〜ッとした頭で少しだけ目を開けた。

そこには掃除機を持った、妻の襟子えりこが仁王立ちになり、僕を見ている姿があった。


「早く」
急かす襟子に僕は言った。

「今月は土曜日も全部、出勤だったのは襟子も知ってるだろう?やっと日曜になったんだ。寝させてくれ」


そして僕は布団を頭から被った。


「掃除した後にまた寝ればいいじゃない。朝の内に掃除をしないと、気がすまない私の性格をかいりも知ってるでしょう」


「……」


「ねぇ、終わるまでリビングで寝てれば」

僕は布団を剥いで、さっきより近くに来ている妻に言った。


「あのさ、寝坊したいんだよ。
臨機応変って知ってるよね。
僕が起きてから掃除したらいいだろう?疲れてるんだ。
おやすみ!」


僕はベットの中で、目を瞑り横を向いた。


妻は何も言い返さなかったが、暫く部屋に留まっていた。


ようやくドアが閉まる音が訊こえ、足音が遠ざかって行った。


付き合ってた頃から襟子は、しっかり者の綺麗好きな人だとは思っていた。

まさかここまでだったとは、結婚後に知ったことだ。
同棲してみるべきだったのかも知れない。


さっきまでの心地よい微睡まどろみは、無くなってしまったが、少したてば寝れるだろう。


その日の襟子は一日中、機嫌が良くなることはなかった。

疲れた……。



午前4時。

「行って来る」
「行ってらっしゃい。ゴルフに行く時のあなたって、別人のように早起きね」

私は苦笑しながら夫に言った。


「当然さ。だってゴルフだよ」

「大好きですものね」

夫は嬉しそうに頷く。


朋花ともかに、お土産を買って来るよ」

「気を使わなくても大丈夫」


ホントに?
と言った顔で夫の豊は、私の顔を覗き込む。


「本当よ」
私が笑いながら、そう言うと、豊は安心したように出掛けて行った。




「また嘘をついた」
私は心の中でそう呟く。

駐車場から夫の車が出て行く音が聞こえた。


結婚していくらも立たない頃から、夫は休みの度にゴルフ
に行くようになった。

最初は接待だから、付き合いだからと言っていた。

それは嘘ではなかったろう。


その内に夫自身が夢中になった。

結婚して8年。
その間、2人で出掛けたのは、数えるほどしかない。

私たち夫婦には子供がいない。


本当は寂しい。
寂しくて仕方ない。

その気持ちを私は夫に言えずに今日まで来てしまった。


私が我慢すればいい。
そう思う癖が、昔からある。

それなのに肝心な時は……。


「お帰りなさい。寒かったでしょう」
仕事から帰ると襟子えりこが玄関で、迎えてくれた。

「寒かった。今日は冷えるな」

「今年も、もう2ヶ月無いし、冬が目の前ね」

僕の脱いだコートを手にして、襟子が言う。


玄関まで、いい匂いがして来る。

クローゼットのハンガーに、
襟子がコートを掛けながら、
「今夜はかいり
好きな、水炊きにしたの」


「水炊きかあ。それは嬉しいな」

襟子は笑顔で、キッチンに戻って行った。

ネクタイを解きながら、僕は
鏡に映った自分と目が合った。


「あの時……僕が意地にならなければ。そしたら」

僕は首を振り
「いや、よそう」

そう呟き、キッチンへ向かった。


私は、この大通りを歩くのが
大好きだ。

今日は一人で散歩をしに来ている。

高校の時は、アルバイトに行く為に歩いた。

何よりも私にとって、懐かしい思い出がたくさんある。

友達ともカフェで話しをしたり、映画を観に来たりと楽しい時間をたくさん過ごした街。


……大好きな人と、2人で歩いた歩道。


あの時、私から連絡していたら……そしたら今頃は。


もう昔のことだ。

夕方になって、あちこちに
灯がともり始めた。

あの人と一緒だった時と、
何も変わってはいなかった。


   この通りの街灯が
   わたし大好きなんだ


   僕もキミと同じだよ
   柔らかい燈が好きだ




「朋花。次の休みは2人で、
どこかへ出掛けよう」

「でもゴルフは?」

「いいよ。たまには2人で過ごそう」


そして夫から、お土産を渡された。

それは私が好きな、ラベンダー色のコートだった。

「高かったでしょう」

「そんなこといいから、着てみてごらん」


私は頷いて、コートに腕を通した。

「暖かい。サイズもちょうどいいわ。嬉しい。ありがとう」

夫は、ホッとした様子で、
「良かった」と言った。



土曜日が休みなのは、久しぶりだ。

「なぁ襟子えりこ
今夜は外食しないか」

「ホント!外食いきたい。なに着てこうかな。そうだブーツは確か、あそこに仕舞ったはず」

妻は慌てて玄関の靴入れを
見に行った。


「世話しないなぁ」
思わず僕は笑っていた。







「俺のお袋と朋花ともかの義母さんには、早目のクリスマスプレゼントも買ったし。さて、食事にしよう」


「気に入ってくれるといいんだけど。ネックレス」

「朋花の見立てなら大丈夫。
センスいいからね」






「襟子は何が食べたいの」
「そうねぇ。エスニック料理はどう。かいりは好き?」


「エスニック料理は、食べことがないから、それにしたいな」







「あなたの食べたい物を当てましょうか。天ぷら蕎麦でしょう」

「あはは。俺は出掛けると
天ぷら蕎麦ばっかり食べてるからな。申し訳ない。
今夜は朋花が選んでいいよ」


「私も天ぷら蕎麦でいいわよ、好きだし。コートをプレゼントして貰ったもの。あなたの好きな物にしましょう。
!!」





「エスニック料理と言っても、種類があるんだろう?
任せるよ。アッ」





僕は普通に歩く。

私は視線をショーウィンドウに向ける。


(すれ違った時

   懐かしい匂いがした)


襟子えりこが僕の腕に自分の腕を絡めた。強く。
真っ直ぐ前を向いてた。


豊が私の手を握りしめた。
「今まで寂しい思いをさせて、ごめん」
私の目を見て、そう言った。





【あの時 喧嘩をしなければ】

 さようなら
       幸せに


      了
























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