It’s Over 29 紗希 2024年11月3日 10:39 日が暮れた頃の 赤レンガ倉庫が キミは好きだと 言っていたね。日曜日の朝7時。僕がまだ寝ている寝室のドアが、勢いよく開いた。「浬かいりこの部屋を掃除するから起きて」僕は、ぼ〜ッとした頭で少しだけ目を開けた。そこには掃除機を持った、妻の襟子えりこが仁王立ちになり、僕を見ている姿があった。「早く」急かす襟子に僕は言った。「今月は土曜日も全部、出勤だったのは襟子も知ってるだろう?やっと日曜になったんだ。寝させてくれ」そして僕は布団を頭から被った。「掃除した後にまた寝ればいいじゃない。朝の内に掃除をしないと、気がすまない私の性格を浬かいりも知ってるでしょう」「……」「ねぇ、終わるまでリビングで寝てれば」僕は布団を剥いで、さっきより近くに来ている妻に言った。「あのさ、寝坊したいんだよ。臨機応変って知ってるよね。僕が起きてから掃除したらいいだろう?疲れてるんだ。おやすみ!」僕はベットの中で、目を瞑り横を向いた。妻は何も言い返さなかったが、暫く部屋に留まっていた。ようやくドアが閉まる音が訊こえ、足音が遠ざかって行った。付き合ってた頃から襟子は、しっかり者の綺麗好きな人だとは思っていた。まさかここまでだったとは、結婚後に知ったことだ。同棲してみるべきだったのかも知れない。さっきまでの心地よい微睡まどろみは、無くなってしまったが、少したてば寝れるだろう。その日の襟子は一日中、機嫌が良くなることはなかった。疲れた……。午前4時。「行って来る」「行ってらっしゃい。ゴルフに行く時のあなたって、別人のように早起きね」私は苦笑しながら夫に言った。「当然さ。だってゴルフだよ」「大好きですものね」夫は嬉しそうに頷く。「朋花ともかに、お土産を買って来るよ」「気を使わなくても大丈夫」ホントに?と言った顔で夫の豊は、私の顔を覗き込む。「本当よ」私が笑いながら、そう言うと、豊は安心したように出掛けて行った。「また嘘をついた」私は心の中でそう呟く。駐車場から夫の車が出て行く音が聞こえた。結婚していくらも立たない頃から、夫は休みの度にゴルフに行くようになった。最初は接待だから、付き合いだからと言っていた。それは嘘ではなかったろう。その内に夫自身が夢中になった。結婚して8年。その間、2人で出掛けたのは、数えるほどしかない。私たち夫婦には子供がいない。本当は寂しい。寂しくて仕方ない。その気持ちを私は夫に言えずに今日まで来てしまった。私が我慢すればいい。そう思う癖が、昔からある。それなのに肝心な時は……。「お帰りなさい。寒かったでしょう」仕事から帰ると襟子えりこが玄関で、迎えてくれた。「寒かった。今日は冷えるな」「今年も、もう2ヶ月無いし、冬が目の前ね」僕の脱いだコートを手にして、襟子が言う。玄関まで、いい匂いがして来る。クローゼットのハンガーに、襟子がコートを掛けながら、「今夜は浬かいりの好きな、水炊きにしたの」「水炊きかあ。それは嬉しいな」襟子は笑顔で、キッチンに戻って行った。ネクタイを解きながら、僕は鏡に映った自分と目が合った。「あの時……僕が意地にならなければ。そしたら」僕は首を振り「いや、よそう」そう呟き、キッチンへ向かった。私は、この大通りを歩くのが大好きだ。今日は一人で散歩をしに来ている。高校の時は、アルバイトに行く為に歩いた。何よりも私にとって、懐かしい思い出がたくさんある。友達ともカフェで話しをしたり、映画を観に来たりと楽しい時間をたくさん過ごした街。……大好きな人と、2人で歩いた歩道。あの時、私から連絡していたら……そしたら今頃は。もう昔のことだ。夕方になって、あちこちに灯がともり始めた。あの人と一緒だった時と、何も変わってはいなかった。 この通りの街灯が わたし大好きなんだ 僕もキミと同じだよ 柔らかい燈が好きだ「朋花。次の休みは2人で、どこかへ出掛けよう」「でもゴルフは?」「いいよ。たまには2人で過ごそう」そして夫から、お土産を渡された。それは私が好きな、ラベンダー色のコートだった。「高かったでしょう」「そんなこといいから、着てみてごらん」私は頷いて、コートに腕を通した。「暖かい。サイズもちょうどいいわ。嬉しい。ありがとう」夫は、ホッとした様子で、「良かった」と言った。土曜日が休みなのは、久しぶりだ。「なぁ襟子えりこ。今夜は外食しないか」「ホント!外食いきたい。なに着てこうかな。そうだブーツは確か、あそこに仕舞ったはず」妻は慌てて玄関の靴入れを見に行った。「世話しないなぁ」思わず僕は笑っていた。「俺のお袋と朋花ともかの義母さんには、早目のクリスマスプレゼントも買ったし。さて、食事にしよう」「気に入ってくれるといいんだけど。ネックレス」「朋花の見立てなら大丈夫。センスいいからね」「襟子は何が食べたいの」「そうねぇ。エスニック料理はどう。浬かいりは好き?」「エスニック料理は、食べことがないから、それにしたいな」「あなたの食べたい物を当てましょうか。天ぷら蕎麦でしょう」「あはは。俺は出掛けると天ぷら蕎麦ばっかり食べてるからな。申し訳ない。今夜は朋花が選んでいいよ」「私も天ぷら蕎麦でいいわよ、好きだし。コートをプレゼントして貰ったもの。あなたの好きな物にしましょう。!!」「エスニック料理と言っても、種類があるんだろう?任せるよ。アッ」僕は普通に歩く。私は視線をショーウィンドウに向ける。(すれ違った時 懐かしい匂いがした)襟子えりこが僕の腕に自分の腕を絡めた。強く。真っ直ぐ前を向いてた。豊が私の手を握りしめた。「今まで寂しい思いをさせて、ごめん」私の目を見て、そう言った。【あの時 喧嘩をしなければ】 さようなら 幸せに 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する この記事が参加している募集 10,568件 11月27日まで #短編小説 #想像していなかった未来 #ありがとうございました #さようなら #ちょっとしたこと 29