うた子さん (第2話)
うた子は何もない、ガランとした部屋に上がり、バックからコップと灰。
お線香とライターを出した。
そして母から預かってきた、叔父さんの写真。
「猫のヒロ太と一緒に写ってるから、いい笑顔」
それらを畳の上に並べ、灰を入れたコップに、ライターで火をつけたお線香を立てた。
ヒロ太を抱いて笑っている叔父さんの写真も畳に置いた。
そして、うた子は手を合わせた。
「秀雄叔父さん、お久しぶりです。叔父さんが急死したと聞いて驚いたけど、直ぐに見つけてもらえて良かったね。今日から姪のわたしがこの家に住まわせて頂きますので、宜しくお願いします」
「夜になる前で良かった。懐中電灯は持ってきたけど、まだ明るい部屋で手を合わせることが出来た」
うた子は立ち上がり、ご近所に挨拶しに行くことにした。
向かいの《西田》さんの家に行った。
ヒロ太を預かってくれてるはずだ。
叔父さんのことを発見してくれたオバちゃんが出てきた。
💼🎒
「お久しぶりです。多田秀雄の姪で、早川うた子です。この度は叔父のことで色々ありがとうございました」
「あら〜うた子ちゃん!本当に久しぶりね。幾つになったの?あ、歳なんて聞いたら悪いかしら」
うた子は笑いながら、
「いえ、平気です。41になりました」
「えっ若いわね!10歳は若く見えるわよ。云われるでしょう?」
「童顔な家系なもので」
苦笑しながらうた子は応えた。
「秀雄さん、やっぱり心臓だったのね。あんなに元気だったのに。
信じられないわ」
「わたしもです。ところでヒロ太は」
西田さんのオバちゃんは困ったような顔をした。
「それが、居なくなってしまったの。窓が少し開いてたのに気が付かなくて。
ごめんなさい」
うた子は動揺したが、顔には出さないようにした。
「倒れている叔父を見つけてくださっただけで西田さんには感謝しています。
ヒロ太は……これも運命なのかもしれません。気にしないでくださいね」
「本当にごめんなさい」
「いえ。ではこれで。他のお宅にもご挨拶してきます。失礼します」
二人は頭を下げて、別れた。
この後も、うた子は挨拶をして回った。
「お腹が空いたな、コンビニに寄って行こう。電気やガスも明日には来てくれる。今夜はお弁当を買おう」
ペットボトルのお茶とお弁当、それからビールを2缶買って、うた子は帰宅した。
ヒロ太のことが心配だった。
飼い猫が野良猫になると生きていくのは難しいと訊く。
ヒロ太は赤ちゃんの時に捨てられていたのを、叔父さんが発見し、飼うことにした猫だ。
今はもう老猫の仲間入りの年齢になる。
その頃は、叔母さんもまだ存命だった。
秀雄叔父さんには一緒に暮らしている女性がいたのだ。
籍は入れてなかったらしい。
女性がそうしたいと云ったと訊いた。
籍が入っていなくても、わたしには叔母だった。
その叔母に、悪性の腫瘍が見つかり、一年後に旅だった。
💼🎒
10年前に、わたしが来た時、叔母さんはまだ元気だった。
玄関を開けると、秀雄叔父さんが一人でポツンと畳に座っていた。
わたしは何かあったと感じた。
「叔父さん、どうかした?」
すると叔父さんは、
「あいつが、知り合いの連帯保証人になっていた。300万の蓄えを全部なくしてしまったよ」
わたしは言葉が出て来なかった。
すると、秀雄叔父さんは、
「あいつ、少し弱いから」
そう云った。
“弱い”
わたしは叔母と会うのは、今回で三度目で、会話らしい会話もしていない。
とても大人しい人だ。
だから叔父さんの云ってるようなことを感じたことは無い。
もしそうだとしたら、連帯保証人は解除出来ないのだろうか?
「叔母さんは?どこにいるの?」
「風呂場で泣いてるよ、ずっと」
「でもな、うた子、ワシもう怒ってないんだ」
「……」
「ワシのような勉強が嫌いで、中学もろくに行ってない、稼ぎも少ない男のところへ、よく来てくれたと思ってる。
だから金のことは、もういいんだ」
「叔父さん……」
「この家も兄が残してくれた遺産だ。
そのおかげで家賃の負担もないし、これからもアイツと地道に暮らしていくさ」
この家は、私の父が愛人を囲う為に買った家だ。
同窓会の為に、長野から東京に出て来た時に、同級生だった女性とそういった関係になってしまった。
長くは続かなかったみたいだけど。
母はそんな父を許すはずもなく、家庭内別居状態だった。
叔父さんが亡くなったという知らせが来ても母はこの家に足を踏み入れることを拒み、全てを「遺体整理業者」と「遺産相続業者」に任せた。
残したのは叔父の写真だけにしたらしい……。
💼🎒
チュン チュン ……
ま、眩しい。
うた子は片目だけを開けた。
朝?
眠い顔で自分の姿を見た。
ちゃんと寝袋に入っている。
缶ビールを飲んだら寝てしまったらしい。
「そうだ、これからガス屋さんや電気屋さんが来るんだった」
寝袋を脱ぎながら、
「早急に布団を買おう」うた子はそう思った。
お昼前にはガス屋さん達はみんな作業を終えてくれた。
実はこの後、仕事の面接がある。
うた子はシャワーを浴びて、化粧をし、持っている中で一番キチンとした服を着た。
「いざ、出発!」
履き慣れないパンプスが、歩きづらく痛かった。
バス停では、お年寄りが数名で話しをしていた。
「あの家の奥さん、痴呆になったらしいわ。施設に入ったって」
「だから最近見かけなくなったのね。じゃあ旦那さん独りで暮らしてるのかしら」
バスが来た。2つ目が降りるバス停だ。
「もし採用されたら、自転車で通えるな。
中古のを買おう」
バスを降りて、3分ほど歩くと、うた子が面接を受ける店があった。
【居酒屋 ケナシーワルツ】
「よし、行こう」
(つづく)
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