いいお日和で 33 紗希 2023年12月12日 16:27 「やっぱりさ〜。どう考えても納得いかない」「……」「両親の仲がいいのは息子として結構なことだと思ってる。複雑な家庭が多い昨今だし」 モグモグ「草、旨いか。良かったな。食べながらでも訊いてくれ。だからって、二人で映画観に行くから、夕飯はこれで買ってちょうだいのメモと一緒に置いてあったのは300円ってさ。どう思うよ、ロバ。ワンコインもないんだぜ」 モグモグ「……腹減ったな」 モグモグモグ「俺もなんか食おう。ロバまたな」(いいことだ。腹がいっぱいになれば、気持ちに余裕が出来る。そしたらロバに“さん”が着くかもしれんし。知らんが)そんなことを、ロバが思ったかは判らない。そして、さっきの高校生がロバには、“いろはにほ”という、何故ここで区切る?と問いたくなる名前があることに、気付く時が来るのかも判らない。「そうだよな、“いろはにほ”。それより、飼育員の僕からキミに、プレゼントを渡す時が来たようだ」モグモグモグ僕は、淵がグリーンのタッパーを、ロバに見せた。「さ〜て、何が入っているのでしょうか」 モグモ……!「オッ、匂いがしましたか?それともロバの勘でしょうか」そう云って、僕がタッパーから取り出した物。「ジャ〜ン!柿だぁ!」“いろはにほ”は、栗も好きだが、一番は、これ。柿なんだ。「キミが柿に目がないのは、よ〜く知ってますとも。さぁ召し上がれ。食べやすくカットしてあるぞ」パクッ!!カリカリカリ カリリ カリカリ美味そうに食べるキミを、観ているだけで、僕も幸せになるよ。もっと柿を食べさせてあげたいが、中々そうもいかんのだよ。果糖の摂りすぎは、人間にもよくないし、動物も同じだ。ただ、果物を余り与えられない理由は、他にもある。この動物園は、公営だから無料で誰でも入園出来る。とても良いことだと思う。主に国が運営しているからね。その点は、民間のように潰れる心配も無い。安定してると云えるけど、飼育員の給料は……。愚痴っぽい。やめた。大好きな道に進めたんだ。僕は満足してる。観ると、柿を食べ終えた“いろはにほ”は、地面にゴロンとなって、気持ち良さそうに、昼寝をしていた。「お〜い、柴田。ちょっと来てくれ」先輩飼育員から、声がかかった。「このマイペースさが、可愛いし、和むんだな。じゃあ、また後で。は〜い、今行きます」今日は来園者が少なかったな。風も冷たくなって来たし、いよいよ冬が迫ってる感じがする。陽が傾き、閉園の時間だ。「お疲れさま。“いろはにほ”、小屋に入ろうな」こうして、今日も無事に終了することが出来た。何よりだ。「ロバさん、私ね。就職浪人することになっちゃった」その女の子は、項垂れていた。「ハァ〜」何回目のため息だろう。心配になる。そう思っていたら、女の子の視線が、ロバの紹介ボードに向いた。〈ぼくの、なまえは、【いろはにほ】だよ。11歳なんだ。よろしくね〉「ロバさんの名前、“いろはにほ”っていうの?」そうなんです。園長が命名したんですが……。“いろは”にする予定だったそうですが、この紹介ボードにイタズラした人が、いたらしく。“にほ”と、勝手に付け足されてしまいまして。「くっくっく」それが、お客さんに認知されてしまい……。「あははは!良いよ、ロバさん、アッ“いろはにほ”くん!個性的でいい。私はそう思う。なんだか元気出た。ありがとう」ロバの名前で元気になる人もいるんだな。とりあえず、安心したよ。アッ!!ヤギに紙をあげようとしてる!「待ってくださーい!!ヤギに紙は、食べさせないでください」幼い女の子が、驚いた顔で僕を見ている。一緒に居る人が、たぶんお母さんだ。「でも、ヤギって紙を食べるんでしょう?なんで家の子が、あげたらいけないの」お母さんは、かなりのお怒りだ。だけど。「紙には薬品が含まれています。食べてしまうとヤギが、大変なことになるんです」「大変なこと?」大袈裟な!そう云わんばりの顔で、僕を睨む。薬品をたくさん含んだ紙を食べると、ヤギのお腹は異常発酵してしまい、パンパンになる。軽度なら、まだしも重度になると、呼吸困難になり、命を落とすことさえあるのだ。そう説明してから僕は、お母さんに伝えた。「その為にも、『園内持ち込み禁止』にしています。餌を与えたい場合には、園内で購入してくださいと、お願いもしています」お母さんは、僕から目を背けた。「それには理由があるからで」「売り上げでしょう?利益が欲しいからに決まってるわ」流石に僕も、ムッとしてしまった。「その理由は、園内では動物に与えても安心な餌だけを販売しているからです。利益より大事なことです」「さっ帰るわよ」女の子を引っ張るように、お母さんは急いで帰って行った。僕は、少し疲れた足取りで、“いろはにほ”のところまで行くと、柵の外から話しかけた。「しかし、キミたちロバと、人間の繋がりにも、色々あったみたいだ。昔は重い荷を乗せて、運んでくれてたんだよ」何だか申し訳ない気持ちになるんだ。「昭和の30年代には、ロバはパンを乗せた乗り物を引いて、売り歩いてくれたんだって。知ってた?」僕は、そんな深い繋がりのある、ロバが大好きなんだ。もちろん他の動物も皆んな好きだよ。その中でも、ということです。「そうだ。“いろはにほ”、僕は明日からの一週間は、鳥たちの世話をするんだ。いつも通りに他の飼育員が来るから安心していいよ」そう云うと、僕は引き継ぎへと向かった。ロバは人間と、助け合って生きて来たんですよ。柴田さん。重い荷物を運ぶ代わりに、餌と水、寝床を与えて貰ったんですから。パンを売る仕事は、小さい頃に年寄りのロバから、訊いたことがありますよ。子供たちから大人気だったそうです。大人からは不衛生だと云われてたらしいですね。ボクは、人間が好きなんですよ。柴田さんのことも、大好きなんです。たくさんの、ロバたちが同じことを思っているとボクは思っています。中には違う考えのロバも、もちろん居るでしょう。人間と一緒ですよ。“いろはにほ”が、そんな風に思っているなんて、僕には判らない。けれどもし、そう思ってくれたなら、嬉しい。すごく嬉しい。 太陽が暖かいですね。 今日も、いいお日和で。 それが僕は、とても幸せなんです。 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #短編小説 #無料 #いつもありがとうございます #動物園 #懐かしい思い出 #また行きたい #野毛山動物園 #ロバパン 33