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いいお日和で

「やっぱりさ〜。どう考えても納得いかない」

「……」

「両親の仲がいいのは息子として結構なことだと思ってる。複雑な家庭が多い昨今だし」

 モグモグ


「草、旨いか。良かったな。食べながらでも訊いてくれ。だからって、二人で映画観に行くから、夕飯はこれで買ってちょうだいのメモと一緒に置いてあったのは300円ってさ。
どう思うよ、ロバ。ワンコインもないんだぜ」

     

     モグモグ


「……腹減ったな」

        

        モグモグモグ


「俺もなんか食おう。ロバまたな」



(いいことだ。腹がいっぱいになれば、
気持ちに余裕が出来る。そしたらロバに“さん”が着くかもしれんし。知らんが)


そんなことを、ロバが思ったかは判らない。

そして、さっきの高校生がロバには、
“いろはにほ”という、何故ここで区切る?と問いたくなる名前があることに、気付く時が来るのかも判らない。


「そうだよな、“いろはにほ”。それより、飼育員の僕からキミに、プレゼントを渡す時が来たようだ」

モグモグモグ


僕は、淵がグリーンのタッパーを、ロバに見せた。


「さ〜て、何が入っているのでしょうか」

  モグモ……!


「オッ、匂いがしましたか?
それともロバの勘でしょうか」

そう云って、僕がタッパーから取り出した物。

「ジャ〜ン!柿だぁ!」


“いろはにほ”は、栗も好きだが、一番は、これ。柿なんだ。


「キミが柿に目がないのは、よ〜く知ってますとも。さぁ召し上がれ。
食べやすくカットしてあるぞ」

パクッ!!

カリカリカリ カリリ カリカリ


美味そうに食べるキミを、観ているだけで、僕も幸せになるよ。


もっと柿を食べさせてあげたいが、中々そうもいかんのだよ。
果糖の摂りすぎは、人間にもよくないし、動物も同じだ。


ただ、果物を余り与えられない理由は、他にもある。

この動物園は、公営だから無料で誰でも入園出来る。

とても良いことだと思う。

主に国が運営しているからね。


その点は、民間のように潰れる心配も無い。

安定してると云えるけど、飼育員の給料は……。


愚痴っぽい。やめた。

大好きな道に進めたんだ。
僕は満足してる。


観ると、柿を食べ終えた“いろはにほ”は、地面にゴロンとなって、
気持ち良さそうに、昼寝をしていた。


「お〜い、柴田。ちょっと来てくれ」

先輩飼育員から、声がかかった。



「このマイペースさが、可愛いし、和むんだな。じゃあ、また後で。
は〜い、今行きます」



今日は来園者が少なかったな。
風も冷たくなって来たし、いよいよ冬が迫ってる感じがする。

陽が傾き、閉園の時間だ。

「お疲れさま。“いろはにほ”、小屋に入ろうな」


こうして、今日も無事に終了することが出来た。

何よりだ。



「ロバさん、私ね。就職浪人することになっちゃった」

その女の子は、項垂れていた。

「ハァ〜」

何回目のため息だろう。
心配になる。

そう思っていたら、女の子の視線が、ロバの紹介ボードに向いた。

〈ぼくの、なまえは、【いろはにほ】だよ。11歳なんだ。よろしくね〉


「ロバさんの名前、“いろはにほ”っていうの?」


そうなんです。
園長が命名したんですが……。

“いろは”にする予定だったそうですが、この紹介ボードにイタズラした人が、いたらしく。

“にほ”と、勝手に付け足されてしまいまして。


「くっくっく」

それが、お客さんに認知されてしまい……。


「あははは!良いよ、ロバさん、アッ
“いろはにほ”くん!
個性的でいい。私はそう思う。なんだか元気出た。ありがとう」


ロバの名前で元気になる人もいるんだな。

とりあえず、安心したよ。

アッ!!

ヤギに紙をあげようとしてる!


「待ってくださーい!!ヤギに紙は、
食べさせないでください」


幼い女の子が、驚いた顔で僕を見ている。

一緒に居る人が、たぶんお母さんだ。


「でも、ヤギって紙を食べるんでしょう?なんで家の子が、あげたらいけないの」

お母さんは、かなりのお怒りだ。
だけど。


「紙には薬品が含まれています。
食べてしまうとヤギが、大変なことになるんです」

「大変なこと?」

大袈裟な!
そう云わんばりの顔で、僕を睨む。


薬品をたくさん含んだ紙を食べると、ヤギのお腹は異常発酵してしまい、パンパンになる。

軽度なら、まだしも重度になると、
呼吸困難になり、命を落とすことさえあるのだ。


そう説明してから僕は、お母さんに伝えた。

「その為にも、『園内持ち込み禁止』にしています。餌を与えたい場合には、園内で購入してくださいと、お願いもしています」

お母さんは、僕から目を背けた。


「それには理由があるからで」

「売り上げでしょう?利益が欲しいからに決まってるわ」


流石に僕も、ムッとしてしまった。

「その理由は、園内では動物に与えても安心な餌だけを販売しているからです。利益より大事なことです」


「さっ帰るわよ」

女の子を引っ張るように、お母さんは急いで帰って行った。


僕は、少し疲れた足取りで、
“いろはにほ”のところまで行くと、柵の外から話しかけた。


「しかし、キミたちロバと、人間の繋がりにも、色々あったみたいだ。
昔は重い荷を乗せて、運んでくれてたんだよ」


何だか申し訳ない気持ちになるんだ。


「昭和の30年代には、ロバはパンを乗せた乗り物を引いて、売り歩いてくれたんだって。知ってた?」


僕は、そんな深い繋がりのある、

ロバが大好きなんだ。


もちろん他の動物も皆んな好きだよ。
その中でも、ということです。


「そうだ。“いろはにほ”、僕は明日からの一週間は、鳥たちの世話をするんだ。いつも通りに他の飼育員が来るから安心していいよ」


そう云うと、僕は引き継ぎへと向かった。



ロバは人間と、助け合って生きて来たんですよ。柴田さん。

重い荷物を運ぶ代わりに、餌と水、寝床を与えて貰ったんですから。

パンを売る仕事は、小さい頃に年寄りのロバから、訊いたことがありますよ。

子供たちから大人気だったそうです。
大人からは不衛生だと云われてたらしいですね。


ボクは、人間が好きなんですよ。
柴田さんのことも、大好きなんです。

たくさんの、ロバたちが同じことを思っているとボクは思っています。
中には違う考えのロバも、もちろん居るでしょう。

人間と一緒ですよ。



“いろはにほ”が、そんな風に思っているなんて、僕には判らない。

けれどもし、そう思ってくれたなら、嬉しい。すごく嬉しい。



  太陽が暖かいですね。

  今日も、いいお日和で。

 それが僕は、とても幸せなんです。


      了






























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