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永禄四辛酉三月晦日三好筑前守殿御成之次㐧之事にみる饗応料理をなんとなく科学から見る②

前回は、食感という点に注目しましたが、今回は調理されていることがわかりそうなものを抜粋して掘り下げていくことにします。

御成御膳のイベントで、私が一番美味しいと感じた物は「湯漬け」でした。

湯漬けという名称だけ見ると、おかゆのように水分量を増やした物なのか?リゾットのようにスープなどで生米から煮たものか?はたまた炊き込みご飯のように出汁で炊いたものか?など疑問が湧く内容でして、答えは「お茶漬け」というシンプルな答えが目の前に現れたのですが、このシンプルな答えもお茶漬けとはまた違うという考えを持っていました。

膳が続くと、次第に私は胃が疲れてくるような感じがする(ずっと食べているから)ので、途中で何か水が欲しくなる時があります。個人差かと思いますので、御膳系の最後に出てくるお茶が最高に癒しだったりしました。
季節のフルーツとかが出されると、口の中もさっぱりして丁度いい感じになるのですが、あくまで個人の感想です。

湯漬けはフェス後のチルタイム

備忘録にも記載している

メモには「フェス後のチルタイム」という単語で書かれた、メモが残されているのですが、それだけこの湯漬けは印象が強い物だったと確信している上に、私は割とこういう汁に浸かった米系、カレーライスだったりそういうものが好きなんだと思います。

カレーライスでも、白ごはんとルーを混ぜるか混ぜないか?で食べる方法が分かれるほど、つまり何かしらの汁物を掛けて食べるご飯というのは、好みが分かれる物なのだと思います。

私は混ぜない派です。ルーはどちらかというと粘性が高い物なので、食品という中でも私に取っては「おかず」のブロックに入って「ご飯の上に乗せて食べる」をしたい派なだけです。
そうなると自由軒の名物カレーはどうなるんだろう?っていう方も多いと思いますが、HPでも調理風景が記載されている通り、フライパン上でスープなどを加えて調理されている。リゾットみたいな感じなので、あれはお米料理単体になると思っています。

そうなると、丼ものは混ぜるか混ぜないか?みたいな話が出てくると思いますが、この手の話は書くと長くなるのでいったん止めときましょう。

お湯漬はただのお湯かだし汁か?

戦国時代の料理についてはなかなか残されいる文献は少ないと一つ前に書きましたが、例えばジョアン・ロドリゲスの残されている史料にもいくつかの記述は見られるそうだ。
御成からは少し別ではあるが、このジョアン・ロドリゲスの残した「日本教会史」に

「大きな食台から野菜で作った汁というカルド(汁物)を取り、別の食台からは鶴、白鳥、鴨などの大変珍重される物で作ったカルドを取って、まだ碗の中に残っている飯の上にそれを掛け…」

という記述があるそうだ。
この情景から解くと水(水飯)や湯ではない、中身があるものを示している。

三好亭御成の湯漬の湯は?

同じ御成表す「永禄四辛酉三月晦日三好筑前守殿御成之次㐧之事」「永禄四年三好亭御成記」の献立の記述にさほど大きな乖離は見られない。
しかし、表記上「御湯漬」となっているために、いわゆる湯をかけた物であることと考えてさほど問題はないだろう。
「出汁」がいつ頃から出現したか?といえば、明確な記述はなくても昆布が出てきた室町時代ごろになってくる。
「科学から見る」と書いているので、科学面からいうと、昆布のうま味は読者の皆様が知っている通りグルタミン酸塩であろう。
しかし、様々な海藻はおそらく食べられていただろうと考えていると、海藻は焼くかどうか?という問題になるが、どちらかというとスープにしていたと思いたい。明確な物が存在しないが、たとえば発掘したものに海藻が付着していた痕跡を探ることになる。

話は戻るが、三好亭御成記に記載されている湯漬の湯部分が、ジョアン・ロドリゲスが記載しているような「野菜のスープ」「動物性のスープ」となっている場合、湯は2種になるとされる。
昆布が使用されていたかどうかは定かではないのだが、グルタミン酸(例として昆布)とイノシン酸(例として鰹)が共存効果を持つとされる。
その場合、うま味を検知する閾値が下がる。干し椎茸のグアニル酸とも同様の効果が発生する。
推察すると、湯漬けの湯部分は、二種または一種のだし汁が調味添加されている物か、もしくはなっていない物が掛かっていると考えてさほど問題がないのだろうと思う。
もし、二種になった場合にはさらにうま味が増幅されていた可能性が高いと思う。

干椎茸の戻し汁もそうだが、出汁を形成する物質には温度や時間も関係があり、煮詰めてある一定上濃くなってしまうと美味しさを失ってしまうのも間違いはない。

「完全に再現!」と言っても、擬似であり完全ではない。そうなると温度や時間など全ての要素も考慮したものを作成するが、料理というのは、殆どが咀嚼という行為が発生する以上、受容体を持つ人間側にも依存されることになる。
三好御成御膳では、湯漬けではすでにだし汁が浸かった物で提供されたが、これがジョアン・ロドリゲスの記載されている二種を組み合わせた物だと考えたら、どうだったか?というのも面白い。

使用されるものが、野菜を煮出した物と例えば魚介(鯛の潮汁みたいな)を組み合わせた物だとすれば印象がまた違うかもしれない。


ほっとひといき

つけ合わせに出される香の物

漬物という発酵食品は乳酸発酵を活かしたものなど様々である。お湯漬けにこれが添えられている状況だとすれば、この香の物にも言及しないといけないか?と考えた。
鮨が発酵食品に近いものであった時代なので、どのような発酵をしているか?など考えることもできるが、この点については菌類の中でも担子や子嚢菌類中心に調べている身としては、また菌類でも別の書物読み返しが必要となる。

きゅうりの浅漬けでも、気が抜けないのである。そういえば、浅漬けって発酵食品ではないので、このあたりは問題ないが。
そうなると、浅漬けに美味しいとされる塩分量や時期など調べたくなる。

余談:大阪の堺市には手すきのおぼろ昆布製造所が残る

関係あるかどうか不明だが、とろろ昆布やおぼろ昆布での昆布加工品製造、この加工業が本格化したのは堺が中心ではないかとされている。とろろ昆布は重ねてプレスして縦に削るタイプで現在では機械製造が中心となっているが、おぼろ昆布は面を削るため高品質を保つため、手すきが今でも続いている。特に堺は刃物の製造でも有名ですし、琵琶湖を通って堺や京に昆布が流通したと見ることもできるかと思う。

そうなるとやはり昆布を大量に手に入れることができる、畿内で政権を一時期握ったとされる三好氏は昆布も手に入れていたかもと思うと、御成でふんだんに使用したとすれば、出汁の形成時期から見たら「三好氏が実は昆布だしなんて考えたりして」なんて妄想もしましたけど、食品なので料理は発祥や由来があれど、こうした根底を探るのはすごく難しいですが、庶民が手軽に昆布を使用できるようになったのは江戸期のため、それまでは昆布を出汁で使って料理されている物はものすごく贅沢だったと考えることもできるかなと。

ジョアン・ロドリゲスはあくまで「野菜(植物性)」と「動物性」の記載ですが、この野菜が昆布だったら、さらに増幅された美味しさだったのではないか?と思います。

ところで…丼ものがどうかというと、筆者は実はあまり好きじゃない物にカツ丼というものがあります。というかトンカツとかカツが苦手なので、そうなると親子丼や木の葉丼(関西限定?)になるのですが、これも実はあまり食べません。というか牛丼とかもあまり食さないので、なんとも書きにくいというのが理由でした。

へりくつ。

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